らえきれぬ笑《え》みがこみあげてきたものか、朱を引いたようなその美しいくちびるに、ほのぼのと微笑をのせていましたが、例の蝋色鞘《ろいろざや》を音もなく腰にすると、すぐさま立ち向かったところは、いわずと知れた東方力士のしたくべやでした。
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だが、右門主従がいで向かうと同時に、目色を変えてあわただしく立ち上がりながらそのあとを追った三人づれの、同じような同心隊がありました。まことに久しぶりでのお目見えですが、あとからの三人づれは、だれでもないあのおなじみのあばたの敬四郎とその一党でした。こやつは二番てがらの生首事件と、六番てがらの村正事件と、つづいて八番てがらほりもの事件に、つごう三回顔をさらして、三回が三回右門と張り合い、三回ともに打ち負かされたあげく、最後の八番てがらの卍《まんじ》騒動のときなどは、せっぱつまって腹までも切ろうとしたところを、右門の情けと義侠《ぎきょう》であやうく救い出されているんですから、いかに厚顔無恥でも、もうそのあばたづらをさらすまいと思われましたが、人の持って生まれた性分がらというものは、しかたがないものとみえます。どれほどかれが意気張ってみても、しょせん右門との取り組みは問題になるまいと思われますのに、またしてもそこへ割ってはいろうとしたものでしたから、八番てがら以来すっかりけいべつの度を増している伝六が、さっそくに口をとがらして右門のそでを引きました。
「ちぇッ、身のほどを知らねえ親方だな。あのいもづらのだんなが、またしつこく追っかけてきましたぜ」
いわれて右門もはじめてそれと気がついたようでしたが、しかしわれらの捕物名人は、その秀麗な面のように、心がらのすがすがしいいたって大腹な寛仁長者でした。
「ほほう、さすがは敬公だな。おめえのように、そうがみがみとたなおろしをするもんじゃねえよ。きょうここに詰めかけていた与力同心は、南北あわせて何十騎いたか知らねえが、今の変なあの一番を見て、こいつ臭そうだなとにらんだものは、おれをのぞいてあの敬四郎一人だけじゃねえか。了見はちっと気に食わねえが、さすが腕っききだけがものはあるから、ほめてやれよ、ほめてやれよ」
「だって、あのげじげじ、きっとまただんなのじゃまをしますぜ」
いっているまに、右門と顔を合わせて、こづらにくいせせら笑いをその醜い顔に見せていたようでしたが、ふたりをつ
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