ひょうかん》の気その全身にみなぎりあふれて、見るからにひとくせありげな、ゆだんのならぬつらだましいでありました。だから、旗本連の熱狂したことはまた当然なことで、剽悍そのもののような秀の浦のつらだましいがひとしおたのもしくでも思えたものでありましょう。負けず劣らずに声をそろえて、しきりと秀の浦に声援をつづけました。
 ために、場内は刻一刻と殺気だって、東の声援、西の呼び声、喧々囂々《けんけんごうごう》と入り乱れながら、ほとんど耳も聾《ろう》せんばかりでしたが、しかし、名人はいかなる場合においてもやはり名人です。依然あごのまばらひげをまさぐりながら、しきりとたいくつそうになまあくびをつづけていましたが、そのとき右門は東の棧敷のお局群から、突如として聞こえた不思議な叫び声をふと聞きつけて、ぎろりその眼を光らせました。今まではもとよりのこと、今もお局たちのここを先途と声援しつづけている相手は、いずれもが美男相撲の江戸錦であるに、どうしたことか、そのお局のひと声高く突如として呼びあげた相手は、意外、西の醜男の秀の浦でしたので、ささいなること針のごときできごとであっても、断じて見のがし聞きのがしたことのない右門の眼が烱々《けいけい》として異常な輝きを増すと、鋭いことばがすかさずに、あいきょう者のところへ飛んでまいりました。
「な、伝六ッ」
「えッ?」
「世の中にゃいか者食いの女もあるもんじゃねえか。どんな顔のどんなお腰元だかわからねえが、しきりと金切り声で秀の浦を声援しているやつがあるぜ」
「どうどう? どこですか」
「ほら、あっちのいちばんすみの奥から、さかんにやっているじゃねえか」
「いかさまね。女の旗本というのも聞いたことがねえから、虫のせいかな――」
 主従が疑問のまなこを光らしていぶかり合っているとき、土俵の上では仕切り直すこと六回、ようやく阿※[#「口+云」、第3水準1−14−87]《あうん》の呼吸合するのとききたったとみえて、まず江戸錦の左の腕が、じり、じりと砂の上におろされました。つづいて剽悍児秀の浦の松かさみたいな左のこぶしが、同じくじりじりと砂の上におろされましたので、さっと軍配が引かれるといっしょに、肉弾相打って国技の精緻《せいち》が、いまやそこに現出されんとした瞬間――まことにどうも変な結果になったものでした。にらみ合っただけで一合も渡り合わずに、突然江
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