借りてきてはめときな」
「じゃ、ご番所へしょっぴいていくんじゃねえんですかい」
「鳶頭といや、とにもかくにも人の上に立つ人間だ。盗みの罪状は罪状にちげえねえが、これほどの分別ざかりな人間がやるからにゃ、なんぞ子細があるだろうからな。それに、お年寄りがこの寒空に火の種一つねえご牢屋《ろうや》住まいも身にこたえることだろうから、なるべくいたわってやんな」
「わかりやした。――みろッ、そこら辺のまごまごしているわけえ者、おらのだんなのなさるこたあ、このとおり、いつだってそつがねえんだぞ。後学のため、ちっとだんなのつめのあかでももらって煎《せん》じて飲みな」
 いつも変わらぬ右門のゆかしい一面をここにおいても見せましたので、すっかり伝六がわがことのように大みえをきりながら、さっそく命令どおり近くの自身番へ手錠を取りに駆けだそうとすると、まことに人は意気のものです。いや、げにこそ徳は孤ならずでありました。およそ世のこと人のことは、その人おのずからの心がら人徳によって、きのうの敵もきょうは味方になるとみえ、今まで江戸魂の意地張り強く、死しても口はあけじといわんばかりに、がんとして緘黙《かんもく》を
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