までもなく伝六です。
「この寒いのに、正気ですかい」
「正気でなくてどうするかい。火事は、寒い暑いにかかわらず、燃えるときが来りゃ燃えるんだよ」
「えッ? どっかで今、半鐘でも聞こえるんですか」
「あいかわらずどじを踏みだすと、感心してえほど連発するな。いま半鐘が鳴っているっていうんじゃねえんだよ。このからッ風じゃいつ火事を出すかわからねえから、そろそろ出かけようっていってるんだ」
「禅の問答みたいなことおっしゃいますね。よしんばからッ風が吹いているにしても、だんなやあっしが火の番でもねえのに、なにもうろうろするにゃ当たらねえじゃござんせんか」
「決まってらあ。おれたちが火事見回りに行くんじゃねえんだよ。火事が出そうなこんな晩にゃ、火消しや鳶《とび》人足はうちをあけずに寝ず番で起きているから、おおかた金助ももう外出から家へけえっているにちげえねえっていってるんだ」
「な、なるほどね。目のつけどころが凝ってらあ。いかにも金助め、この風じゃ心配になって、うちにいるにちげえねえでがしょう。では、また駕籠《かご》ですかい」
「寒い風に当たるのも一つの修業じゃ。歩いて参ろう」
いうや雪駄《せっ
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