言いたてました。
「――では、次なる芸当差し替えてご覧に入れまする。楠公《なんこう》父子は桜井の子別れ。右なる雄ぐまは正成《まさしげ》公。左の雌ぐまは小楠公。そら、あのとおり、ここもとしばらくの間は、忠臣孝子別れの涙にむせぶの体とござい」
いうと、まことや二匹のくまは、人のことばが聞き分けられるもののごとくに、ちょこなんと向き合ってすわりながら、器用な身ぶりで愁嘆のしぐさを演じてみせましたものでしたから、見物人はふたたびまたやんやと喝采《かっさい》の雨を送りました。
しかし、その喝采が鳴りやむかやまないかのとたんでありました。右門の目を鋭く射たものは、左の雌ぐまは踊りも動作もぶ器用であるのに、右なる雄ぐまはさながら人間ではないかと思われるほどもすべてがあまりに器用すぎる一事でした。と知るや、突然見物人を押し分けて前へ出ると、ぎらりおのれのわきざしを抜き放って、それを黙山の手に持たせながら、叱※[#「口+它」、第3水準1−14−88]《しった》するように鋭く叫びました。
「ようよう捜していたかたきが見つかりましたぞ! お兄いさまがそなたへいうたように、あの右の雄ぐまが憎いかたきじゃか
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