ら、それなるわきざしで存分に突きなされッ、突いて突いて突きなされッ」
 不意にわきざしを持たせて、檻の中のくまを突けといったものでしたから、伝六|熊仲《ゆうちゅう》の驚いたことはもとよりでしたが、それをむっつり右門と知らぬ並みいる見物人は、どこの気違い男が血迷ったことをいいだしたのだろうというように、おどろきよりもあきれ果てた顔つきで、いずれもが目をみはりました。いや、それよりもいっそうあわをくらったのは、くま使いのひとくせありげな遊芸人たちで、どやどやと左右から飛び出してくると、口をそろえながら必死にいいました。
「な、な、なにを血迷ったことをしやがるんだ! だいじなくまなぞを、そんなもので突き殺されてたまるけえい! どけッ、どけッ」
 いうや、大手をひろげてその行く手をさえぎろうとしましたので、突きのけておくと右門は小気味のいい啖呵《たんか》を大音声《だいおんじょう》できりました。
「見そこなうなッ。おれが八丁堀のむっつり右門だ。江戸じゅう残らずの者の目をかすめることができても、むっつり右門だけはできが違うぞッ! さ! 黙山! かまわずに、そっちの雄ぐまを突け突けッ」
 下知を与え
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