うんか」
「めったなことをおっしゃいますな! 遊ぶとなりゃ、あっしだって、顔やがらで遊ぶんじゃねえんです」
「そんなら、なにもしり込みするこたあねえんじゃねえか。傾国の美人ってしろものをおめえにもとりもってやるから、しっぽを振ってついてきなよ」
「いやです、あっしゃ今から伊豆守《いずのかみ》さまのお屋敷へ駆け込み訴訟に参りますよ」
「伊豆守さま……? 急にまた、変な人の名まえを引き合いに出したものだが、伊豆守さまっていや、松平のあの殿さまのことかい」
「あたりめえじゃござんせんか。伊豆守さまはふたりとござんせんよ」
「そりゃまた何の駆け込み訴訟に行く考えなんだ」
「知れたこっちゃあござんせんか。もっと早く伊豆守さまがだんなにご新造をお世話しておいてくださいましたら、今になってだんなにこんな気の狂いはおきねえはずなんだからね。あっしゃ今から駆け込んでいって、うんと殿さまに不足をいうつもりですよ。だんなをごひいきなら、ごひいきのように、もっと身のまわりのことをお世話くださったって、ばちゃ当たらねえんだからね」
何かと思ったら、けっきょくそれは右門自身を思う純情からのこととわかりましたので、さすがの捕物《とりもの》名人も、苦笑するともなく苦笑していましたが、しかし伝六のほうはごくのまじめで、いまにもほんとうに駆けだしそうなあんばいでしたから、やむをえずに右門はちょっと本心をにおわしました。
「そんなに心配ならば、ほんとうのところを聞かしてやろう。実あ、さっきうちにころがっていたあの若い野郎のねた[#「ねた」に傍点]洗いだよ」
「えッ? じゃ、また何か事件《あな》ができたんですかい」
「まだ洗ってみねえんだからわからねえが、ひょっとすると大物じゃねえかと思ってな。とりあえず、小当たりにやって来たところさ」
「なんだ、ねた洗いだったのですかい。あっしゃまた、あんまりだんなが人騒がせなことをきまじめな顔でおっしゃいましたからね、ほんとうに松平のお殿さまをお連れ申そうと思いましたぜ。――ようがす、そうとわかりゃ、一刻も早く参りましょうよ。役目のかどで大門をくぐるぶんには、だんなをおひいきの女の子に見とがめられたって、ちっとも恥じゃござんせんからね。大手を振って参ろうじゃござんせんか」
まことに、伝六こそは腹に毒のない江戸っ子の典型で、それが役目のこととなると、にわかに相好をくずしながら先へたって、どんどん歩きだしたものでしたから、いろいろに態度を使い分ける伝六のかわいさに右門はいっそう苦笑しながら、ちょうどそこに見つかった尾張屋という揚げ屋へはいってまいりました。
――これもついでだから申し添えておきますが、当時はまだ現今のごとく揚げ屋と遊女屋が一軒ではなく、別々に営業を行ない、揚げ屋にはまた多くの場合同屋号のお茶屋がこれに付随していて、大通なお客はまず先にこのお茶屋へ上がり、敵娼《あいかた》となるべき人を遊女屋から招きよせて、しまり屋はしまり屋のごとくに感興を買い、はで好きはまたはで好きのように感興を買ってからはじめて揚げ屋へ参り、それぞれの流儀に浩然《こうぜん》の気を養うというのがその順序だったので、けれども右門はその他のすべての方面においては大々通であっても、この一郭ばかりはやや苦手でしたものでしたから、いきなり揚げ屋へとび込んでまいりました。しかも、そのあいさつたるや、またすこぶるぶこつの右門流だったのです。
「許せよ。少々遊興をいたしに参ったが、さしつかえはなかろうな」
揚げ屋へ参る以上は遊興すると相場が決まっているのに、それをごていねいに断わったものでしたから、これには向こうもひどくめんくらった様子でありましたが、よくよく見れば黒羽二重五つ紋の高家ふうで、やや少しがらっぱちながら、ともかくもそこにはお供をひとり召し連れていたものでしたから、なまじっかな半可通よりこのほうがだいじなかも[#「かも」に傍点]と思いましたものか、たいへんなもて方でありました。
しかし、右門はあいかわらずのぶこつまる出しで、いわゆる通人がきいたら笑うに耐えないようなことを、揚げ屋の者に尋ねました。
「女どもの種類はみな一様か」
「いえ。すべてでは千人あまりもござりましょうが、そのうちで太夫《たゆう》、格子《こうし》、局女郎《つぼねじょろう》なぞと、てまえかってな差別をつけてござります」
「ほう。では、遊女らも禄高《ろくだか》があるとみえるな」
遊女に禄高とはよくいったものですが、右門はおおまじめでしたから、揚げ屋の者は吹き出したいらしいところを必死ともみ手にごまかして、目的の中心へはいっていきました。
「ですから、お客さまのほうのお鳥目にしたがいまして、遊女のほうでもそれぞれの禄高のものが参りますが、どなたかおなじみでもござりましょうか」
「
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