なじみと申すと、親類の者かな」
「さ、さようです。親類と申せば大きに親類でございますが、てっとり早く申せば、お一夜なりとご家内になったもののことで――」
「ああ、そのことか。残念ながら、ひとりもないわい」
「といたしますと、てまえどものほうでころあいの者をお見立ていたしまするが、よろしゅうござりまするか」
「よいとも、よいとも。だが、少々注文があるのじゃがな」
「どのようなご注文なんで――」
「なるべくがさつ者で、べらべらとよくしゃべる女がよいのじゃがな」
「それはまた変わったお好みで――。では、さっそく呼びたてまするでござりましょう」
心得たもののごとくに立ち上がりましたから、右門があわてて呼びとめました。
「まてまて、女はおおぜいいらぬ。その者ひとりでよいぞ」
「え? だんながたはおふたりでござりますのに、お敵娼《あいかた》は、あの、おひとりでよろしゅうござりまするか」
これは少し解せない注文でしたから、揚げ屋の者がいぶかってきき返したのを、このときまで黙って聞いていた伝六が、何がためひとり呼べばいいか、右門の意のあるところはちゃんともう知っていたので、突然横合いから口をさしはさみながら、例の調子でがらっぱちにしかりつけました。
「うるせえや。ひとりだって半分だっていいじゃねえか。煮て食うんでも、焼いて食うんでもねえんだから、さっさといいつけどおりに呼んできなよ」
特におしゃべり者をと注文したあたりといい、ふたりの男に女はひとりでいいといったあたりといい、揚げ屋の者はしきりとうさんくさがりながら引きさがっていきましたが、やがてのことに、注文の者に相当する女がみつかったとみえて、ひとりの花魁《おいらん》をそこに伴ってまいりました。
見ると、いかさまがさつ屋らしく、そこらあたりの小格子《こごうし》遊女ででもあるのか、すこぶる安手の女で、あまつさえもう大年増《おおとしま》です。しかし、ほかにどこにも要求のなかった右門には、むしろ大年増であったことが偶然中のさいわいで、いうまでもなく年増であることは、それだけ廓《くるわ》の内に長いこと住み古した事情通であることを物語っていましたから、心中喜びながら、まず何はおいてもしゃべらすための鼻薬にと、惜しげもなく小判一枚を祝儀にふるまいました。
揚げ代金が二十文だとか三十文だとかいわれていた安値の時代に、天下ご通宝の山吹き色一枚は、米の五、六石にも相当する大金でしたから、年増の小鼻を鳴らしたことはもちろんのことで、でれでれともう右門にしなだれかかろうとしたのを軽くあしらっておくと、静かに質問の矢を放ったものです。
「ちと異なことを尋ぬるがな。そなたはこの廓五町内のうちで、達磨《だるま》のおもちゃとか、達磨の紋様を特別に好む花魁衆《おいらんしゅう》を知ってはいぬか」
今ぞはじめて知らるる、わがむっつり右門のこの一郭に、ぶこつをひっさげておじけもなくやって来たそもそもの心中は、まこと前夜の首をつりそこなった若者の懐中からとび出したところの、あの達磨の紋様打ち彫りぬいた銀かんざしを愛用していた女の探索にあったので、しかるに偶然中のさいわいなことには、安手の、軽口屋らしい年増女は、果然事情通であったことを証拠だてて、右門のその質問をきくと、一瞬の考えまどう様子もなしに、すぐと答えました。
「知ってざますよ。知ってざますよ」
「なに、知っている※[#感嘆符疑問符、1−8−78] どこのものじゃ」
「江戸町の角菱楼《かどびしろう》にいなました薄雪さんざますよ」
「その者は、特に達磨がすきじゃったか」
「大好きも大好きも、どうしてあんなひょうげたものが好きやら、髪飾り帯下じゅばんの模様まで、身につけるほどの品物はみんな達磨の模様でありんした」
「さようか。では、その者いまも角菱楼とかにおるのじゃな」
「いいえ、それがもう手いけの花になりいした」
「なに、根引きされた※[#感嘆符疑問符、1−8−78] それはいつごろのことじゃ」
「つい十日ほどまえのことざます」
「相手は何者で、今の住まいはどこか知っていぬか」
「上方のものざますとかで、住まいは浅草馬道の、二つめ小路とかいうことでありいした」
「さようか、よいことを教えてくれた。では、ついでにも一つ相尋ぬるが、もしやその薄雪とやら申す花魁に、深く言いかわした男はなかったか」
「知ってざます、知ってざます。清吉さんとやらいいなまして、三年越しの深間だとかでありんした」
「二十三、四の、色の白い、小がらな男ではなかったか」
「そうざます、花魁衆の間夫《まぶ》にしては、思いのほかにりちぎらしいかたざました」
果然その面書きは前夜の若者の人相風体と一致していましたので、そのうえはそれなる達磨を好いた女について事実の有無をたしかめ、縊死《いし》を企つる
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