と場合によっちゃ、あっしども一統の名折れにもなるんだからね」
「よし、そう聞いちゃ、相手がちっと気に入らねえが、おれも一口買って出よう!」
「ほんとうですかい!」
「いったん買って出るといったからにゃ、おれもむっつり右門じゃねえか。まさかに唐天竺《からてんじく》までもおっ走ったんじゃあるめえよ」
 証跡を残さずに破牢したという事実も奇怪でしたが、それ以上に江戸八丁堀の一員として、こしゃくなまねをされたことが、ぐっと右門の癇《かん》にこたえたものでしたから、時機はよし、もうこうなるからには御意もよし、さっそうとしてその場に出動いたしました。

     2

 むろん、右門のただちに目ざした場所は伝馬町です。破牢当時の状態と、その罪状履歴をまずもって洗うことが第一のなすべき順序でしたから、さっそくにその夜当直だった牢番の者三人について、証跡収集に取りかかろうといたしました。
 しかし、捜索順序はかく整然として用意されましたが、そうそう問屋はいつも右門にばかり味方するとはかぎっていないので、事実に直面してみると、まず第一の故障がそこに横たわっていました。いうまでもなく、それはあばたの敬四郎でしたが、一回ならず二度までも右門のために功名を奪われていたものでしたから、今度は必勝を期しているのか、右門がむっつりとしてそこに現われたのをみとめると、ろこつな敵意を示して、その出動を拒絶いたしました。
「せっかくだが、こりゃおれのなわ張りだからね。いらぬ手出しはやめにしてもらおうじゃねえか」
 右門は敬四郎が当面の責任者である点からいって、ほぼそうあることを予期していたものでしたから、それほど気にかけませんでしたが、腹をたてたのは伝六で――。
「じゃなんですかい、だんなはあっしどもが八丁堀の人間じゃねえとおっしゃるんですかい」
「上役に向かって何をいうかッ」
「ちえッ、上役も時と場合によりけりですよ。これがつかまらなかったひにゃ、だんなはじめあっしども一統の恥っさらしなんだからね。せっかくおいらのだんながお出ましくだすったっていうのに、今のごあいさつあ、ちっと肝ったまが小さすぎるじゃござんせんか」
 しきりと伝六が敬四郎に食ってかかっているのを、右門はあごをなでながら黙ってにやにややっていましたが、なに思ったかふいッとそこを立ち去ると、どんどん牢屋敷《ろうやしき》のほうへやって参り
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