ました。ついでだから、ここでちょっと当時の牢屋敷のもようについて簡単なご紹介をしておきますが、同じ伝馬町のお牢屋といっても、これにはだいたい三とおりの牢舎があって、すなわち第一は上がり座敷、別に揚がり座敷とも書きますが、読んで字のごとく身分あるもの、それも禄高《ろくだか》にして五百石以下、家格にしてお目見得以上のお旗本が罪人となった場合、この上がり座敷へ投獄するので、第二は揚がり屋と称され、お目見得以下の者、あるいは御家人《ごけにん》ないし大名旗本の陪臣、それから僧侶《そうりょ》、山伏し等の囚罪人がこれに投ぜられるのならわしでありました。第三は俗称平牢と唱えられて、爾余《じよ》の囚罪人が一列一体に投ぜられる追い込み牢でありますが、かくして刑の決まった者は、またそれぞれ処刑どおりその刑舎と刑期に服し、ご牢屋奉行配下の同心とその下男がこれの監視に当たり、今回の破牢罪人のごとき未審の者については、あばたの敬四郎がみずからおのれのなわ張りと称したように、町奉行付きの同心がその支配に当たり、万一これらの囚罪人の中から病気にかかったものの生じた場合は、別棟《べつむね》の病人だまりにこれを移獄して、形ながらもお牢屋付きのご官医がこれに投薬する習慣でありました。もっとも、これは名目ばかりで、多くの場合めんどうなところから、俗に一服盛りと称される官許ご免の毒殺手段によって、たいていあの世へ病気保養にかたづけられるのがしきたりでありましたが、だから右門は破牢罪人の禁獄中だった平牢へやって行くと、おりよくそこに牢番付きの下男が居合わしたものでしたから、さっそく問いを発しました。
「ゆうべの破牢罪人は何番牢じゃ」
「あっ! だんなもお出ましでござんすか。えらい騒ぎになったものでござんすが、いったいあっしゃ、あばたのだんながあんまりひどい痛め吟味に掛けすぎたと思うんでがすよ」
「じゃ、きさま、あらましのことは知ってるな」
「知らないでどうしますかい。ずっともうひと月ごし、病人だまりにいたんですからね」
「ほう、それは耳よりな話じゃが、ではどこぞわずらっていたのじゃな」
「そこがつまり、あばたのだんなのひどすぎるところだというんでがすがね。なにしろ、あのとおり吟味といや、きまって拷問に掛けるのがお得意のだんななんだから、ずいぶんとかわいそうな責め折檻《せっかん》をしましたとみえましてね、もうこ
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