がしょうが、会いもしねえのに、どうしてまたそれがわかりますかい」
「手紙にさかなのにおいがしみてるじゃねえか」
そろそろ右門一流の気味がわるいほどな明知のさえを小出しにしかけて、じっとその手紙の文字と、まだそばにころがしたままであるさきほどの、伝六が日本橋から引き抜いてきた、あの立て札の文字とを見比べていたようでしたが、真に突然でありました。にやりと意味ありげな笑いをうかべると、不意に妙なことをまたいいはじめました。
「なあ、伝六、人間の心持ちってものは、おかしな働きをするもんじゃねえか」
「気味のわるい。突然変なことおっしゃって、坊主にでもなるご了見ですかい」
「いいやね、おれ自身じゃちっともあせったつもりはねえんだが、どうもあばたの野郎が向こうに回るたびに、こういうしくじりがあるんだから、いつのまにかおれもあせるらしいよ」
「じゃ、何かお見おとしでもあったんですかい」
「それが大ありだから、おれにも似合わねえって話さ。まあ、おめえもよく考えてみなよ。だいいち、おかしいのはこの立て札なんだが、中仙道へ突っ走ったやつが、いつのまにこいつを日本橋へもってこられるんだい」
「なるほどね。考えてみりゃ、足の二十本ぐれえもあるやつでなきぁできねえや」
「だから、そいつがまず第一の不審さ。第二の不審は、この立て札の文句だよ。念のために、もういっぺんおめえも読み直してみるといいが、諸君よ、恒藤権右衛門はみごとわれら天誅《てんちゅう》を加えたれば、意を安んじて可なり、としてあるぜ」
「ちげえねえ。いくら無学でも、あっしだって天誅という文句ぐれえは知ってらあ。天に代わって討ったってえ意味じゃござんせんか」
「しかるにだ、権右衛門のおかみは、理不尽に切りつけたといったぞ」
「なるほど、少しくせえね」
「まだあるよ。第三の不審は、いま使いがもってきたこの手紙の筆跡と、こっちの立て札の筆跡だが、実に奇妙なこともあるじゃねえか。棒の引き方、点の打ちぐあい、まるで二つが同じ人間の書いたほどに似ているぜ」
「なるほどね、墨色までがそっくりでござんすね」
「しかも、恒藤権右衛門家内といや、女でなくちゃならねえはずなのに、だれが書いたものか、この手紙はそっちの立て札の筆跡同様、れきぜんと男文字だよ」
「ちげえねえ。じゃ、また駕籠ですかい」
「いや、まだ早いよ。それから、第四の不審は、恒藤夫人自身
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