だがな、おめえもなにか思い出すことはねえのかい」
「あるんですよ、あるんですよ。あっしゃ行ったときから変に思ってるんだがね。あの家の構えは、浪人者親子三人にしちゃ、すこしぜいたくすぎゃしませんか」
「しかり。まだあるはずだが、気のついたことはねえかい」
「あのおかみさんのおちつきぐあいじゃござんせんかい」
「そうだよ、そうだよ。おれゃさっき、あのおちつきかたを実あ感心したんだがね。日ごろの身だしなみがいいために、あんな非常時に出会っても取りみだした様子を見せないところは、さすが侍の妻女だなあと思ってな、つい今まで感服していたんだが、考えてみりゃ、ちっとおさまりすぎているぜ。しかもだ、それほどの巴《ともえ》板額ごときおちつきのある侍の勇夫人が、目の前で夫の殺されるのを指くわえて見ているはずもねえじゃねえか。あまつさえ、路用の金を二十両もみすみす強奪されたというにいたっては、ちっとあの恒藤夫人くわせ者だぜ」
「しかり、しかりだ。それに、あの恒藤権右衛門も、切られ方がちっと不思議じゃござんせんか。物取り強盗が時のはずみで人を殺したにしても、あれまで顔をめった切りにする必要はねえんだからね」
「だからよ、急におら腹がへってきたから、まずお昼でもいただこうよ」
「気に入りやした。いわれて、あっしも急にげっそりとしましたから、さっそく用いましょうが、なんかお菜がござんしたかね」
「くさやの干物があったはずだから、そいつを焼きなよ。それから、奈良《なら》づけのいいところをふんだんに出してな。そっちの南部のお鉄でゆっくりお湯を沸かして、玉露のとろりとしたやつで奈良茶づけとはどんなものだい」
「聞いただけでもうめえや。じゃ、お待ちなせいよ。伝六さまの腕のいいところを、ちょっくらお目にかけますからね」
にわかにほのぼのとして事件に曙光《しょこう》が見えだしたものでしたから、伝六はもうおおはしゃぎで、ふうふうとひとりで暑がりながら、右門のいわゆる奈良茶づけのしたくをととのえていましたが、かくてじゅうぶんに満腹するほどとってしまうと、ふたたび主従は道灌山《どうかんやま》裏の恒藤権右衛門宅に向かって、駕籠《かご》を走らせました。むろん、それは今にして新しく疑問のわいた権右衛門の横死と、その妻女の陳述のうちに潜んでいる不審な点をあばこうためで、それにはまず第一に、さきほどろくに調べもしなかっ
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