されるなんて、さるが木からおっこちたより、もっとおかしいよ」
 でも、右門にはまだしゃくしゃくとして、それをつぶやくだけの余裕がありましたが、伝六は黙然と歯ぎしりをかみつづけたままで、さながらふたりの位置は、むっつり屋とおしゃべり屋とが、入れ替わったようなかっこうでありました。

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 しかし、八丁堀へ引き揚げてしまうと、右門は今までのむだぼねに対する落胆と疲労とがいちじに発したものか、時刻はちょうどお昼どきだというのに、昼食をとろうともしないで、ぐったりそこにうち倒れてしまいました。伝六のそれにならったのはもとよりのことでしたが、するとまもなく、うるさいことには、表でしきりとどなる声がありました。
「もし、どなたもおりませんか! わっちゃ急ぎの使いで来た者ですがね、この家ゃあき家ですか!」
「べらぼうめ! あき家じゃねえや、なに寝ぼけたことぬかすんでえ」
 しかたがないので、伝六がぶりぶりしながら取り次ぎに出向きましたが、帰ってくると黙って右門に一本の手紙をさしつけました。
「うるせいや、きさま読め!」
「じゃ、封を切りますぜ」
 寝そべったままで右門がうけとろうともしなかったものでしたから、代わって伝六が読みあげました。
「ええと、前略、先刻は遠路のところをわざわざご苦労さまにそろ。その節ご検死くだされそうらえども、埋葬ご許可のおことば承り漏れそうろうあいだ、使いの者をもっておん伺い申し上げそろ。なにぶん、いまだ夏場のことにそうらえば、仏の始末なぞも火急に取り行ないたく、ご許可くださらば今夕にも急々に式葬つかまつりたくそうろうあいだ、右おん許し願いたく、貴意伺い上げそろ。頓首《とんしゅ》不宣。恒藤権右衛門家内より、近藤右門様おんもとへ――」
「こめんどうくせえこといってくるじゃねえか。検死を済ましゃ、埋葬許可をしたも同然だから、そういって追っ払いなよ!」
 少し雲行きのよろしくないところへ、ご念の入りすぎた手紙でしたから、吐き出すようにいっていましたが、伝六が使いの者を追い返して帰ってきたのを見ると、がぜん、右門が何思いついたか、むくりとはね起きながらいいました。
「今の手紙はどこへやった!」
「これこれ、ここにありますよ」
「使いに来た者はさかな屋だな」
「そう、そう、そうですよ。魚勘と染めたはっぴを着ていましたからね、たぶん、そこの家のわけえ者で
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