、ご主人はご浪人中ででもござったか」
「はっ……さよう……さようにござります」
すると、どうしたことか、妻女がちょっとぎくりとしながら、ことばを濁しぎみにためらいを見せましたので、右門は追っかけて尋ねました。
「いや、ご藩名やご浪人をなさった子細までも聞こうというのではござらぬ。士籍にあられたかたかどうか承ればよろしゅうござるから、もっとはっきり申されませい」
「では申します。いかにも権右衛門は父の代までさるご家中で、相当由緒ある家門をつづけていた者にござりまするが、仕官をきらい、もう十年このかた浪人してでござります」
「さようか。では、不慮の災に会われたことも、なんぞ恨みの節とか、かたきの筋とかがあってのことでござったか」
「それがあんまり理不尽にござりますので、訴えに参ったわけでござります」
「ほう、理不尽とな。では、なんの恨みもうける覚えがないのに、討たれたと申さるるか」
「はっ、わたくし主人にかぎっては、なに一つ人さまから恨みなぞうける覚えはござりませぬのに、昨夜四つ過ぎでござりました。このあたりでは珍しいつじうら売りが流してまいりましたものでしたから、なにげなく権右衛門がそれなる者を呼び入れましたら、やにわに主人へ飛びかかりまして、長年の恨み思い知れと呼ばわりながら、ひきょうな不意打ちを食わしたのでござります」
「いかにもの。して、それなるつじうら売りは、どのくらいの年輩でござった」
「二十七、八くらいでござりました。そのうえ、つい今までご牢屋《ろうや》にでもつながれていたというような節の見うけられたかたでござりました」
にらんで駆けつけたとおり、破牢罪人と恒藤権右衛門を理不尽に討ったつじうら売りとが、いちいち符節を合わしていたものでしたから、右門はもはや事の容易なるを知って、こおどりしながら尋ねつづけました。
「いや、よいことをお聞かせくだされた。では、それなるつじうら売りは、ご主人を理不尽に切りつけて、そのまま立ち去ったと申さるるのでござるな」
「いいえ、それが切り倒しておきまして、このとおり家内はわたくしとこの子どもとのふたりきりでござりましたから、無人の様子を知って急に気が強くでもなりましたものか、今より中仙道《なかせんどう》へ参るから、路用の金を二十両ばかり出せとおどしつけまして、金をうけとるとすぐに逃げ出しましてござります」
「ほほう、さよ
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