うな大胆不敵なことまでいたしおりましたか。――いや、なによりなことを承って重畳《ちょうじょう》でござる。下手人の人相書きはすでに上がっているゆえ、二日《ふつか》とたたぬうちに、きっとこの右門が、ご主人のかたきを討ってしんぜましょうよ。では、念のために、仏をちょっと拝見させていただきますかな」
「はっ、どうぞ……」
ただちに妻女が仏間へ案内いたしましたので、伝六ともどもついてまいりましたが、しかし、右門はひと目その死骸《しがい》を見ると、おもわずあっと顔をそむけました。――なんたる残虐な切り方だったでありましょうぞ! 腰に見舞われたふた太刀《たち》の致命傷はそれほどでもなかったが、何がゆえそこまでも残虐をほしいままにする必要があったものか、恒藤権右衛門の顔は、目も鼻も口も、どこにあるかわからないほど、めったやたらに切りさいなまれてあったからです。
「いや、おきのどくなことでござった」
あまりのむごたらしさに、さすがの右門も長居に忍びなかったものでしたから、そうそうに悔やみを述べて引き揚げると、それだけに下手人の残虐を強く憎んで、断固としながら伝六にいいました。
「ちくしょう! むだな殺生《せっしょう》をやっていやがらあ。牢《ろう》疲れで足腰もまだ不自由なはずだから、そう遠くへは行くめえよ。さっそくお奉行さまに遠出のお届けをしておいて、すぐにも中仙道を追っかけようじゃねえか」
「ちえッ、ありがてえや、まだ夏場の旅でちっと暑くるしいが、久しぶりに江戸を離れるんだから、わるい気持ちじゃねえや」
官費の旅行だから、大きにそれにちがいないが、しかし、十町と行かないうちに、いっこうそれがいい気持ちでないことになりました。というのは、ちょうど加賀さまのお屋敷前までやって行くと、はからずも、向こうから意気揚々と、旅のしたくをしながら、こちらへやって来る一団にばったりと出会ったからです。しかも、それが余人ではなく、あばたの敬四郎とその一党であることがはっきりとわかったものでしたから、右門もぎょっとなったが、伝六のいっそうぎょっとなったのは当然なことでした。
「ちくしょうめ、いやなかっこうで来やがるが、かぎつけたんでしょうかね」
「そうよな。どうやら、遠出の旅じたくらしいな」
「そうだったら、野郎め、あの非人からかぎ出したにちげえねえから、あっしゃあいつらと刺しちげえて死にますぜ」
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