「そら――、なんとかいいましたっけな。よくお寺のちょうちんなんかに染めてあるじゃござんせんか」
「寺のちょうちん……? じゃ、卍《まんじ》じゃねえか!」
「そうそう、その卍が、立て札の文句のおしまいに、たった一つちょっぴりと書いてあったんですよ」
 事実としたら、その符丁こそは、先刻ご官医|玄庵《げんあん》先生から耳に入れた、あの破牢罪人の右乳の下にあったといういぶかしき卍のいれずみと一致すべきものでしたから、右門の眼の烱々《けいけい》と火を発したことはいうまでもないことで――。
「すばらしいねた[#「ねた」に傍点]だ! やっぱり、天道正直者を見捨てずというやつだよ。ひとっ走り行って引きぬいてこい!」
「じゃ、何かそいつが糸を引いているんですかい!」
「右門の知恵は、できあいの安物じゃねえよ!」
 ずばりと小気味のいい折り紙をつけたものでしたから、いま泣いたからすはたちまち笑顔《えがお》になって、その早いこと早いこと、からだじゅう足になったかと思われるようなはやさで、駆けだしたかと見えましたが、まもなく帰ってくると、
「さ! これがその立て札だ! こんなものがねた[#「ねた」に傍点]になるなら、早いところあばたの野郎のかたきとっておくんなせえよ!」
 いいざま、こわきにしていた立て札をぐいと右門の目の前にさしつけましたものでしたから、右門も胸をおどらしながら目をそそぎました。見ると、それには次のような文言が書かれてありました。

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「――諸兄よ。恒藤権右衛門《つねとうごんえもん》はみごとわれら天誅《てんちゅう》を加えたれば、意を安んじて可なり――卍」
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 文言はなんの変哲もなさそうに見える簡潔なものでしたが、これを読んだ読み手がただの読み手ではなかったものでしたから、瞬時も待たずに、鋭い声が右門の口から飛んだので――。
「さ、伝六! 例のとおり駕籠《かご》だ! 駕籠だ!」
「えッ? だって、恒藤権右衛門が殺されたことはわかっていますが、どこの恒藤権右衛門だか、居どころはわからねえじゃござんせんか」
「だから、おめえは少し正直すぎるんだよ。日本橋へ立て札を掲げるほどの人殺しがあって、お番所へ殺された身内の者から訴えが来ていねえはずはねえんだ。訴状箱ひっくり返してみりゃ、どこの権右衛門だかすぐとわからあ」
「なるほど、
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