た相当の達人だろうとめぼしがついていたものでしたから、それにはあの左ききという判定のあったのをさいわい、まず道場出入りの剣士について、それなる左ききの、あるいは左り胴の癖ある者をあげてみようと考えついたからのことでしたが、しかし、いざ捜そうという段になると、肝心の道場なるものがまたなかなかたいへんな数でありました。将軍家お指南番役たる柳生《やぎゅう》の道場を筆頭にして、およそ剣道指南と名のつく末流もぐりの類までも合算していったら、優に三十カ所以上の数でしたから、どうしておろそかな労力では洗いきれるものではなかったのですが、もとよりそれをいとう右門ではないので、その翌早朝伝六を従えると、まず第一番に木挽《こびき》町なる柳生の道場に出向きました。
当時はもちろんまだ但馬守宗矩公《たじまのかみむねのりこう》がご存生中で、おなじみの十兵衛三厳公《じゅうべえみつよしこう》は大和柾木坂《やまとまさきざか》のご陣屋にあり、そのご舎弟の宗冬公《むねふゆこう》が父但馬守とともに道場を預かって、出入りの門弟三千名と称せられたほどのご盛大でしたが、しかるにその門前へさしかかったところで、はしなくもぱったりと顔を合わせた者がありました。ほかでもなく、きのう墓地へ置き去りにしてきたあのあばたの敬四郎です。
むろん、村正の一件なぞは知らないでのことでしょうが、しかしあの胴切りの下手人を左ききの達人とにらんだうえで、敬四郎も同じ道場洗いを始めたのだろうという推定がついたものでしたから、右門もちょっと舌を巻きながら、とぼけてまずあいさつをいたしました。
「きのうはいかい失礼をつかまつりました。また、妙なところでお出会いいたしましたな」
だが、敬四郎はもとより無言です。せめてもこういうときにあいさつを返すくらいの余裕だけなとあったならば、てがらの半分くらいは分かつにやぶさかならざる右門でしたが、なにをこの駆けだしが、というような憎悪《ぞうお》の色をみせたものでしたから、こうなると右門のほうも自然と意地になるので、ためにはからずも柳生道場門前において、宇治川もどきの先陣争いとなったのです。
けれども、これは最初から先陣争いをしてみるまでもないことで、敬四郎の名まえの初耳であるのに反し、わがむっつり右門の驍名《ぎょうめい》は但馬守にもすでに旧知の名まえでしたから、まず最初に右門が面接を許されることになりました。
ところが、先陣争いではみごとに勝ちを得ましたが、残念ながら結果は徒労に終わったのです。疑問の逆胴名人でかつ左ききというのが、門弟中につごう三人ほどあるにはあったのですが、ひとりはすでに物故、ひとりは池田|備前守《びぜんのかみ》侯の家臣でこの二月から帰藩中、残りのひとりはこれも土井|大炊守《おおいのかみ》のご家臣で、同様この四月から帰国中ということでしたから、むろん、これは疑いすらもかけるべき余地がないので、ただちに右門は一日通しの早駕籠《はやかご》を仕立てさせると、いよいよ本式に、下町は伝六の受け持ち、山の手は右門自身が立ち回ることにして、その場から江戸一円の道場洗いに取りかかりました。そのまたすぐあとを追っかけて、敬四郎側のほうでも二組みに分かれながら、同じ道場洗いをやりだしましたので、はからずも両者の捕物《とりもの》競争はここにいたって白熱の度を加えることとなり、右門勝つか、敬四郎負けるか、興味はその結果につながれることとなりましたが、しかしその日の夕がたが来たときでありました。
右門がまず失望とともにへとへととなって八丁堀へ引き揚げ、つづいてひと足おくれながら伝六も帰りついて、やけにそこへからだを投げ出すと、いかにもむだ足に耐えぬというようにいったものです。
「ばかばかしいや、だれに頼まれてこんな商売始めたんですかね。あっしゃきょう一日で、三百匁ばかり目方をへらしましたぜ」
それを聞き流しながら、右門もそこにぐったりとからだを投げ出していましたが、と、やにわにむっくり起き上がると、突然くすくす笑いながらいいました。
「なあ、伝六」
「え?」
「どうやら、おれも焼きが回ったかな」
「不意にまたいくじのねえことおっしゃいますが、どうしてでござんす」
「だって、よく考えてみなよ。おれはかりにもむっつり右門といわれている男なんだぜ」
「でも、柳の下にゃどじょうのいねえときだってあるんだからね。時と場合によっちゃ、しかたがねえじゃござんせんか」
「いいや、そうじゃねえんだよ。おれにはもっとほかに、おれ一流の吟味方法があったはずじゃねえのかい」
「な、なるほどね、大きにそれにちげえねえや。だんなの口癖にしていらっしゃるからめての戦法というやつだ」
「だからよ、今はじめておれも気がついたところだが、とんだむだぼねをおったもんさ。肝心かなめのお小姓とい
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