、ちょうど仁王門《におうもん》の手前――その手前までさしかかったところで、はしなくも向こうから日本橋あたりのお店者《たなもの》らしい若い男が、お参りをすまして帰ってきたのに行き合わせると、うしろに慧眼《けいがん》はやぶさのごときわがむっつり右門が控えているとも知らずに、女はまずにっとばかりそれなる男に向かって、ひと目千両の媚《こび》をつくってみせました。と、お店者のたちまちぐんにゃりとなってしまったのはもちろんのことで――、ありがてえッ、気があるな、というようにとろんとなったところへ女はふうわり軽く近づくと、涼しい声でこんなふうにいったものでした。
「ご信心ですことね」
 しかし、いったそのとたんです。果然、疑問のあだ者は、右門の目ききしたとおり、いま江戸で売り出しのくし巻きお由であったとみえて、そのわざの早いこと、早いこと!――目にも止まらぬすばしっこさで、しなやかに美しい指先がぽんとお店者の胸をたたいたとみるまに、早くも懐中のぽってりと小判をのんでいるらしい一物はするり女の手先にすられて、音もなく左手のすぼめて持っている日傘の中にすべりおちました。
「ちくしょうッ。器用なまねをしや
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