まり、おかまいもなくすぐにぶちまけようとしたものでしたから、右門は少女のいじらしい心根をおしはかって、とっさに目まぜでしかっておくと、別間に伝六をいざないながら、その報告を聞きました。
それによると、お静への打擲《ちょうちゃく》折檻《せっかん》はむろんのことににらんだとおりで、今までも近所かいわいに評判なほどでしたが、ことに浪人者の不審なる入水《じゅすい》以後は、どうしたことか毎夜五つから四つまでの時刻にいっそう折檻の度が強まって、ひいひいと痛苦に泣き叫ぶお静の悲鳴が近所にもしばしば聞こえたということでありました。それから、つけたりに、それなる問題の継母が、お静とは姉妹ぐらいにしか見られないまだ二十五、六の若新造で、すばらしくいろっぽい容色の持ち主であるということ、および夫のいぶかしき入水以来どうしたことかめきめき金回りがよくなったということの、思い設けぬ材料が二つも報告されたものでしたから、右門のまなこはぎらぎらと予定のごとくに輝きを帯び、その口からは憤るがごとき、つぶやきが鋭く放たれました。
「ちくしょうめ。八丁堀にゃめくらしかいねえと思ってやがるな」
だから、ただちになんらかの疾風迅雷的な行動がその場にも開始されるだろうと思われましたが、しかるに右門の伝六へ与えた命令は、またちょっとばかり奇妙だったのです。
「じゃ、あした久しぶりに、浅草へでもべっぴんの顔見に出かけるかな」
それも不意にべっぴんといったから、伝六が例のようにすぐとお引ぎずりを始めたのは当然なことで――。
「なんだか少しまた薄っ気味がわるくなりましたね。一つなぞが解けたかと思や、また妙ななぞをおかけになりますが、まさかあっしをからかっているんじゃござんすまいね」
しかし、右門は答えずにぷいと表へ出ていくと、行きつけの権十郎床で、何を考え出したものか、しきりと念入りに月代《さかやき》を当たらせました。のみならず、そのあくる朝が来ると、珍しく鏡に向かって、と見つ、こう見つしながら、鬢《びん》のほつれを入念に直したもので、まもなく髪から顔の手入れがひと渡り済んでしまうと、少し荒めと思われるはでな結城縮《ゆうきちぢみ》を素膚へ涼しげにひっかけながら、茶無地の渋い博多《はかた》を伊達《だて》に結んで、蝋色《ろいろ》の鞘《さや》の細いやつをややおとしめにたばさみながら、りゅうとしたいでたちで、さっと
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