ばかりに立ち上がりました。同じ美男は美男でも、ぐにゃぐにゃとした当節の銀座っぺいとはできが違いますので、こうなるとまったくその男ぶりのすごいこと、すごいこと――だから、年百年じゅう見なれている伝六すらが、とうとうぽうっとなってしまったのです。
「ああ、つまらねえ、どうしておれゃ女に生まれてこなかったろうな。こんないい男を前にして、野郎に生まれたばっかりの因果には、どうにも手の出しようがねえじゃねえか――」
まことにこれは伝六の嘆声がもっともですが、しかし右門はそれほどもあざやかな美男ぶりであるにもかかわらず、べつにみずからはそれを鼻にかけようともしないで、おこったごとくにむっつりとおし黙りながら、さっさと表へ出ていきました。むろん、出ればすぐと駕籠《かご》で、しかも目ざしたところはほんとうに浅草だったのです。
けれども、浅草を目ざしたことは目ざしましたが、右門の駕籠からおりたったところは、山の見せ物小屋とは反対に、雷門のまんまえでありました。それも、お参りをしようとするのではなくて、この暑いのにごった返している仲みせ通りの人込みをしきりとぶらぶらしながら、二度も三度も同じところを行ったり来たりやりだしたものでしたから、こういうときのむっつり右門がしばしば人の意表を突くような行動を取ることはよく知っていても、あんまり変なことをしすぎるために少々うだってしまったものか、伝六がとうとうお株の気短を小出しにさせて、ちえッと舌鼓を打ちながら、そのそでを引きました。
「あきれちまうな。きんのうやきょうお江戸の土を踏んだ人間じゃあるめえし、観音さまはいつ来たってこのとおりの人込みですぜ。薄みっともない、ぼんやりと口をあけて、なにがいったいそんなに珍しいんですかい。あっしゃもうほんとうにおこりますぜ」
しかるに、右門はいっこうに馬耳東風と聞き流しながら、しきりとなにか物色顔で同じところを行ったり来たりしていましたが、そのときはからずも人込みの中から、まだ二十《はたち》ぐらいのみずみずとしたあだっぽい女の姿をみとめると、不意に鋭い口調で、ささやくように伝六へ命じました。
「ずいぶん待たしやがった。さ、伝六! どうやらむくどりが一匹かかりそうだから、あの女から目を放すなよ」
「えッ、女……? どこです? どこです?」
「あそこを行くじゃねえか。ほら、みなよ。黒っぽい明石《あかし》
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