控えていたことでありました。まことに、知恵伊豆とむっつり右門の腹芸は、いつの場合でもこのとおり胸のすくほどぴったりと呼吸が合っておりますが、いうまでもなく、それというのは、右門もはるか末座においてこの珍事をみとめ、早くもこいつ物騒だなとにらんだからのことで、だからわいわいとたち騒いでいる満座の者を押し分けて、倉皇《そうこう》としながら参向すると、一言もむだ口をきかないで、ただじいっとばかり伊豆守の顔を見守ったものです。
「おう、右門か。さすがはそちじゃ。場所がらといい、場合といい、深いたくらみがあって、わざわざかように人騒がせいたしたやもあいわからんぞ。はよう行けい!」
 同時に、伊豆守のせきたてるような命令があったものでしたから、ここにいよいよわれらがむっつり右門の捕物《とりもの》第五番てがらが、はからざるときに計らざることから、くしくも開始されることにあいなりました。

     2

 もちろん、牛若丸はあれっきり屋台の上に水あわを吹いたままで、町内の者をはじめ各山車山車の騒擾《そうじょう》はいうまでもないこと、物見高いやじうまが黒山のごとくそれをおっ取り巻いて、さながら現場は戦争騒ぎでありましたが、見るからにたのもしげなむっつり右門が自信ありげなおももちで、人波を押し分けながらさっそうとしてそこに現われてまいりましたものでしたから、何かは知らずに群集はかたずをのんで、たちまちあたりは水を打ったごとくにしいんと静まり返ってしまいました。それを早くも認めたものか、人波を押し分け押し分け右門のあとから駆けつけてきたものは、例のおしゃべり屋伝六で――
「おっ、ちょっとどいてくんな、おいらがだんなの右門様がお通りあそばすんじゃねえか、道をあけなってことよ」
 つまらないところで自慢をしなくともよいのに、よっぽど鼻が高かったものか、つい聞こえよがしにしゃべってしまったものでしたから、どっと周囲から一時にささやきとどよめきがあがりました。
「おっ、熊《くま》の字きいたかよ、きいたかよ。あれがいま八丁堀で評判のむっつり右門だとよ。なんぞまたでかものらしいぜ」
「大きにな、ただのてんかんにしちゃ、ちいっとご念がはいりすぎると思ったからな。それにしても、なんじゃねえか、うわさに聞いたよりかずっといい男じゃねえか」
「ほんとにそうね。あたし、もうお祭りなんかどうでもよくなったわ」
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