なかにはぼうっとなった女の子も出るといった騒ぎで、それにしては産土《うぶすな》さまもとんだ氏子をおこしらえになったものですが、しかし本人のむっつり右門は、いうまでもなくもう看板どおりです。群集のざわめきなぞは耳にも入れないで、苦み走った面をきっと引き締めながら、黙々として屋台の上に上がっていったと見えましたが、懐紙を出して不浄よけに口へくわえると、そこに倒れたままでいる牛若丸の全身をまずひと渡りていねいに調べました。と同時に、涼しく美しかった両のまなこは、さっと異様に輝きました。死骸《しがい》のいたるところに紫の斑点《はんてん》がはっきりと、浮かび上がっていたからです。いうまでもなく、その斑点は毒死した者のいちじるしい特徴で、だから右門は異状に緊張しながら、黙ってあたりを見まわしていましたが、ふとそこに横笛が――その息穴をなめたために牛若が悶絶《もんぜつ》するにいたりましたその横笛がころがっているのを発見すると、突然伝六に向かって、いつもの右門がするごとく、意表をついた命令を発しました。
「犬でもいいし、ねこでもいいから、ともかく生き物を一匹、きさま大急ぎでどこかへいってしょっぴいてこい!」
 こういうふうな人にわからない命令がやぶからぼうに右門の口から出るようになると、もうしめたものであるということは、今までしばしばの経験で、ちゃんと心得ていたものでしたから、伝六の鼻のいっそう高くなったことはむろんのことで、屋台の上からしきりとあたりを見まわしていましたが、さいわいなことに、一つうしろの麹町十一丁目の山車《だし》の上に、金の烏帽子《えぼし》をかむってほんものの生きざるが二匹のっかっていたのを発見すると、有無をいわさず、その一匹をひっ捕えてまいりました。だから、いっせいに見物がかたずをのんで、どんな種明かしをするだろうというように、右門の身辺を注視したことはいうまでもないことでしたが、しかし本人の右門はいっこうにおちついたもので、伝六がこわきにしているさるのところへゆうゆうと近づいていくと、しずかにその口を割って、問題の横笛の息穴をペロリとなめさせました。
 と――果然、右門のにらんだとおりの結果が、そこに現出いたしました。牛若丸にかくのごとき非業な最期をとげしむるにいたった猛毒は、問題の横笛のその息穴に塗ってあったとみえて、ひとなめ小ざるがそこをなめるやいなや
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