、あわれにも小動物はきりきりとねずみ舞いしながら、さっき糸屋の若主人が陥ったと同じように、たちまち水あわを吹いてその場に悶絶《もんぜつ》してしまいましたものでしたから、同時に右門の口から裁断の命令が発せられました。
「事ここにいたっては、祭礼中といえども容赦はならぬ。吟味中|入牢《にゅうろう》を申しつくるによって、これなる屋台にかかわり合いの町人一統、神妙におなわをうけいッ」
これには町内の者残らずが一様にあわを吹かされてしまいましたが、しかし右門の剔抉《てっけつ》したとおり、糸屋の若主人の急死が、のぼせたんでもなく、てんかんでもなく、まぎれなき毒殺であったとわかってみれば、向こう三軒両隣の縁で、いまさらのがれるわけにもいきませんでしたから、しぶしぶながらもおなわをちょうだいいたしまして、町内三十七人の者残らずが、お組|頭《がしら》を筆頭に、ぞろぞろとその場から八丁堀の平牢《ひらろう》にひったてられていきました。
そこで、型のごとくにむっつり右門の疾風迅雷的な行動が、ただちに開始される順序となったわけですが、しかるに、今度ばかりは大いに不思議でありました。その日のうちにも吟味にかけて、しかるべき見込み捜査を開始するだろうと思っていたのに、どうしたことか、三十七人の者は平牢に投げ込んだままで、いやに右門がおちつきだしたものでしたから、あてのはずれたのは例のごとくおしゃべり屋の伝六です。
「ちえッ、あきれちまうな。いかにもっそう飯だからって、三十七人ものおおぜいを食わしておいたんじゃ、入費がたまりませんぜ。あっしの考えじゃ、こんな事件《あな》ぼこ、だんなほどの腕をもってすりゃぞうさはねえと思うんだが、それともなんか奇妙きてれつなところがあるんですかね」
けれども、右門はいかほど伝六にあきれられようがいっこうにすましたものでした。さっぱりとお湯につかって汗を流してくると、風通しのいい縁側に碁盤をもち出しながら、古い定石の本を片手にパチリパチリとやりだしたもので――だから伝六がたちまち早がてんをいたしました。
「へへいね。こいつあ近ごろ珍しいや。だんながそうやって碁をお打ちなさるときゃ、見込みのたたんときと決まっていやすが、するてえと、なんでげすかね。ぞうさがなさそうに見えて、こいつがなかなかそうでねえんでげすかね」
しかし、右門は一言も答えずに、必死とパチリパチリ
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