打ちつづけましたものでしたから、伝六がいよいよそうとひとりがてんしてしまったのは無理からぬことでしたが、しかし実はそれが右門の考え深いところで、あのとき松平伊豆守も言明したとおり、もしも何者かがためにするところがあって、かような騒擾《そうじょう》をわざわざ将軍家面前でひきおこし、そのどさくさまぎれに、恐るべき陰謀を決行しようという魂胆であったら、この毒殺事件は単なる添えものにすぎなくて、必ずやほかになんらかの大事件がひきつづいて勃発《ぼっぱつ》するにちがいないだろう、という考えがあったものでしたから、万一の場合をおもんばかって、わざとかように一統の者の吟味を延引さしておいたのでした。だから、その日一日だけではなく、爾後《じご》五日間というもの、一統の者はずっと平牢にさげたままで、しきりと右門は次なる事件の勃発を心まちに待ちました。
 けれども、柳の下にそういつもいつも大どじょうはいないもので、おおかた七日にもなるというのに、いっこう疑わしい事件も風評も起きなかったものでしたから、断然として毒殺事件を単調なものに取り扱うべき決心をいたしまして、ここにようやく伝六の待たれたる右門一流の疾風迅雷的な探索行動が開始されました。いうまでもなく、最初から例のごときからめての戦法で、そもそも、いったい何の目的で、かかる毒殺が、かかる場合に、かくのごとく公然と敢行されるにいたったか、まずその判定と見込みをつけるべく、三十七人の町内の者について、当の本人である糸屋の若主人の素姓身がらを巨細《こさい》に洗いたてました。
 しかるに、頭数だけでも三十七人あるんだから、少なくも十五色や二十色の陳述があってしかるべきでしたが、町内一統の者の期せずして申し立てたところのものは、わずかに次の数条にすぎなかったのです。
 すなわち、第一は、もう三十近いのに、どうしたことかまだ独身であること。第二は、非常に繁盛する店であること。――これは当然そうあるべきで、女に縁の深い糸屋の若い主人がまだひとり者で、あのとおりの美男子としたら、たとえはすっぱな女でなくとも、顔を拝まれるのが功徳と思って、いらない糸まで買いに行くのは理の当然なんだから、繁盛するなといったって繁盛するのはあたりまえなことですが、だからいたって金回りのよいこと。金回りがよいから勢いまた金放れもきれいになるというもので、したがって町内一統の
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