ぶるいしている伝六の首筋へぺったりと来たものでしたから、もうことばはないので――、きゃっといったきり、破れ畳の上へしがみついてしまいました。それがまぎれもなく生き血のかたまりであるということが伝六にわかったときは、真に意外!
「野郎ども、あわてるな! まごまごしていると焼け死ぬぞ!」
叫ぶといっしょに、右門がめらめらとそばの破れ障子に、すりつけ木の火を移していたときでしたから、震えながらも伝六がぎょうてんして叫んだのです。
「火、火、火事おこすんですか! このうちを焼、焼くんですか!」
障子に火をつけてぼうぼうとそれが燃えだせば火事に決まっているんだが、しかるにわがむっつり右門は、それが予定の行動のごとく、どんどんとうちじゅうの障子という障子残らずに火をつけて回ったものでしたから、伝六は伝六並みの鑑定を下してしまったのです。
「かわいそうに、だんなもとうとうその年で、気がふれてしまいましたね」
けれども、われわれの右門にかぎって、そうたやすく気なんぞふれてはたまらないので、会心そのもののごとく火炎が盛んになっていくのをながめていましたが、と見るより疾風のごとく、さきほど見ておいた大いちょうのうつろの入り口へ飛んでいくと、例の草香流やわらの突き手を用意して、にやにや笑いながら待ち構えていたものでありました。それを裏書きするように、うつろの中から必死にはい出してきたものは、たぬきでもない、きつねでもない、りっぱに二本足のある人間です。
「バカ野郎! 八丁堀にむっつり右門のいることを知らねえか! そこでゆっくり涼むがいいや!」
いううちにぽかり! たわいなく気絶してしまったやつをあっさり草むらへけころがしておくと、また草香流を構えながらいいました。
「さあ、早く出ろ! あとは幾人だ! ほほう、五人とはだいぶいるな! さ、てめえたちもゆっくり涼め!」
ぽかりぽかりとかたづけておいて、さらにのぞきながらいいました。
「まだ女がひとりいるはずだが、おいでがなくば迎えに行くぞ」
「出ますよ、出ますよ、どうせ一度は納めなくっちゃならねえお年貢《ねんぐ》ですからね。大きにご苦労でござんした。へえい。さ、ご自由に――」
ひどく鉄火なことばつきで、わるびれもせずにのっそりと、白いふくらはぎを見せながら上がってきたものは、三十がらみの、見るからに油ぎった中|年増《どしま》であり
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