ちまうな。じゃ、まくらと蚊やりはこの家で使うんですかい」
「あたりめえだ。この草むらじゃさぞかし蚊が多いだろうと思ってな、それでわざわざ用意してきたんだ。八丁堀のごみごみしているところとは違って、この広っぱならしずかだぜ」
「ちえッ。静かにもほどがごわさあ。あんまり静かすぎて、あっしゃもう、このとおりわきの下が冷えていますよ」
「じゃ、おめえさんおひとりでおけえりなせえましよ」
「またそれだ。あっしがひとりでけえられるくらいなら、だんなにしがみついちゃいませんよ。ばかばかしい。いくら夏場だって、化け物屋敷へ寝にくるなんて酔狂がすぎまさあ。しかたがねえ、もうこうなりゃ、だんなと相対死にする気で泊まりやすがね。それにしても、わざわざでけえ音をたてるこたあねえんじゃござんせんか。寝ている化け物までが目をさましますぜ」
「さましてほしいから、わざと、音をたてるんだよ、な、ほら、こういうふうにしてへえるんだ」
いいざまに、がたぴしと戸を繰りあけて、鼻先をつままれてもわからないようなまっくらな座敷へどんどんと上がっていったものでしたから、伝六はとり残されたらたいへんとみえて、必死と右門のそでにしがみつきながら、あとを追って中にはいりました。
同時のようにぷんと鼻をつくものは、あのとき職人のいったように長いこともう住み手がなかったとみえて、あき家特有の湿気をふくんだかびのにおいです。それが文字どおりの深夜だからまた格別で、承知をして来たものの右門も少々ぞっとするくらい――と、いっしょに、ぎゃあ、という変な声が、不意に縁の下から聞こえました。つづいて、おぎゃあ、おぎゃあと三声ばかり……。
「だ、だ、だんな! 出ましたよ、出ましたよ」
しかし、右門はすましたものでありました。
「今度はどこかな」
小声でつぶやきながらゆうゆうと蚊やりに火をつけたもので、そのすりつけ木の火なるものがまためらめらと青く燃えて、それがぼうっとやみの中にぼかしたあかりを見せましたものでしたから、いよいよ屋のうちは陰にこもってまいりました。思ったとたんに、今度は天井裏で、げらげらという女の笑い声です。それがまたひと声ではなく、三声四声とげらげら笑いつづけていましたが、そのとき突然、ぺったりと何か天井裏から落ちたものがありました。あいにくと、そのぬるぬるしたやつが、床に落ちたこんにゃくのようにぶるぶると胴
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