ました。しかし、異様なのはその髪の形で、ざんばらとした洗い髪なのです。それから白衣――。
 だから右門はすかさずにいいました。
「幽霊のまねして、この大いちょうにでもぶらさがるつもりだったんだな」
 女は答えるかわりにやや凄艶《せいえん》な顔つきで、にたにたと笑いました。
 そのとき、じゃんじゃんと鳴り渡るすり半とともに、どやどやと駆けつけてきたものは、江戸の名物火事ときいて鳶《とび》の装束の一隊でありました。とみると、右門は頭《かしら》に向かって凛《りん》といったものです。
「八丁堀の近藤右門じゃ。にせ金使いの一味をめしとるために、わざわざ放った火じゃによって、消すには及ばぬ。ただしかし、近所へ迷惑かけてはならんからな、飛び火だけは気をつけるがよいぞ」
 言いすてると、急に気の強くなった伝六になわじりをとらして、さっそうとしながら引き揚げてまいりました。お白州へかけるまでもなく、一団は右門のいったとおりのにせ金使いで、のみならず火にかけたあの一軒家こそは、それなる一味の巣窟《そうくつ》であったばかりではなく、にせ金を鋳造していた場所だったのです。大いちょうのうつろを通路に、地下へ穴倉をほりぬき、驚くばかりの大きな設備を地下のその穴倉に設けて、大々的に鋳造したのでしたが、それをするについてはあき家に住み手のはいるのがじゃまでしたから、赤子の泣きまねをやったり、血をたらしたりして住み手をおどかしたうえにその居つくのを防いだので、しかるに手ぬかりだったことは、大枚三万両というにせ金の鋳造をようやく終わり、それを市中に使いに出ればいいという一歩手前のときにいたって、はからずも一味のうちに仲間割れが生じたのです。事の起こりは、悪党のくせに人間の色恋からで、相手はざんばら髪の白衣姿でにたにたと笑ったあの女、それを中心に一味の首領と、あの毒死した糸屋の若主人とが張り合ったのですが、すでにいくたびも説明したとおり、糸屋のほうがずっと美男子でもあり、若さもまたちょうど食べごろの年かっこうでしたから、最初は女がそのほうになびいていっしょに雁鍋《がんなべ》もつつき、向島の屋台船で大いに涼しい密事《みそかごと》もなんべんとなく繰り返していたのに、年のいったのもまた格別な味といわんばかりで、もう五十を過ぎた、上方者のねっちりとした首領といつのまにかできてしまったものでしたから、江戸っ子の糸
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