。微笑を含みながら、それなる青まゆの女に目であいさつすると、右門は黙ってその前を通りすぎました。
 すると、やや不思議です。まゆをおとしたそれなる女が、その青々しいまゆげの下にこってりと見ひらかれている切れ地の長い目もとで、あきらかに媚《こび》を含んだ笑いを、ためらうこともなく、そしてまたひるむところもなく、ただちに右門に向かって返礼したではありませんか! これは右門にとって、実に容易ならざるできごとでなければなりませんでした。たといその種のごく食べ物がよろしい太り肉《じし》の若いお後室さまが、いかにりりしく美しい筋肉の引き締まった若い侍をお好物であったにしても、そういうことが神代ながらの因果な約束であったにしても、わが道心堅固なるむっつり右門においては、そんな心で彼女に向かい目もとの微笑をほころばしたのではなかったからです。しかるに、女は切れ地の長いその目で、あきらかに媚《こび》を送ったのです。ともかくも、右門が非常なる好物であることを、ひと目で好物になったらしいことを、はっきりと示したんですから、右門にとっては実に容易ならざる珍事でした。ために、右門は少し足もとの見当が狂ったような
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