どのものはねえと思っていたんだが、質屋のおやじのせりふが気に食わねえんだ。右門ひとりを見くびるなかんべんしても、お上の者がどじを踏むとぬかしやがるにいたっては、お江戸八百万石の名にかかわらあ。朝めしめえにかたづけてやるから、大手を振ってついてこいッ」
「ちえッ、ありがてえッ。そう来なくちゃ、おれさまの虫もおさまらねえんだ。今度という今度こそは、もうのがしっこねえぞ」
 伝六にしてみれは、右門の出馬はまったくもう万人力にちがいないんですから、こうなるともう早いこと、早いこと、三尺帯を締め直したとみえたが、鉄砲玉のように表へ飛んでいくと、
「へえい、だんな! おあつらえ」
 すぐに駆けかえってきて、みずから駕籠のたれをあげながら、右門の乗るのを待ち迎えました。
 ここにいたれば、もはやただわがむっつり右門の、名刀|村正《むらまさ》のごとき凄婉《せいえん》なる切れ味を待つばかりです。やや青みがかった白皙《はくせき》の面にきりりと自信のほどを示すと、右門は長刀をかるくひざに敷いて、黙然と駕籠をあげさせました。
 宵《よい》はこのときに及んでようやく春情を加え、桜田御門のあたり春意ますます募り、
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