。表にはご番士のひとりがちゃんと待ち構えていて、城中からほど遠からぬ数寄屋《すきや》造りの一構えに案内してくれましたものでしたから、まだ虚無僧姿のままの伝六の喜ぶこと、喜ぶこと――。
「ちえッ、ありがてえな、人間はまったく何によらず偉物になっておくもんさね。くたぶれた足をひきずってくると、このとおりちゃんともう向こうさまがお宿をこしらえておいてくだすって、ね、ほら、お座ぶとんは絹布でしょう。火おけは南部|桐《ぎり》のお丸胴でね。水屋があって、風炉《ふろ》には松風の音がたぎっているし、これはまたどうでがす。気がきいてるじゃござんせんか。だんなが知恵をひねり出すときにゃ碁を打つことを日本じゅうのみなさんがもうご存じとみえて、このとおり榧《かや》の碁盤が備えつけてありますぜ。それから、あっしのほうには――待ちなってことよ、江戸っ子にも似合わねえ意地のきたねえ腹の虫だな。はじめて酒の顔を拝んだんじゃあるめえし、そうぐうぐう鳴き音をあげるねえ。まだちっとぬるいようじゃねえか」
 ひょいとみると、銅《あか》の銅壺《どうこ》に好物がにょっきりと一本かま首をもたげていたものでしたから、ことごとくもう上
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