はるばるてまえごとき者までをもお召しでござりましょうから、これはよほどの重大事に相違ございませぬ。百両どころか、しだいによっては千両がほども必要かと存じまするが、あとあとはまたあとあとで急飛脚でも立てましょうゆえ、さしあたり百金ほどご貸与くださりませ」
「いかにものう」
 おねだりをする人間が、じゃりを食ったり、鉄道を食べたりするような当節のお役人だったら、百両は夢おろか、穴あき銭一枚だって容易に出すんではないのだが、なにしろ、むっつり右門というわれわれの信頼すべき大立て者がぜひに必要というんだから、これは出さないほうがまちがっているので、さっそく奉行元勝が切りもち包みを四つ手文庫から取り出してくれたものでしたから、右門のそばで目をみはりながらきょときょとしていた伝六にそれを懐中させると、ただちに武州めがけてわらじをはきました。むろん、喜んだのは伝六で、
「ちえッ、ありがてえな。近ごろばかに耳たぶがあったけえと思っていたら、必定こういう福の神が舞い込むんだからね。忍《おし》っていや、日光さまにもう半分っていう近くじゃごわせんか。てっとり早く仕事をかたづけて、けえりにゃ官費の日光参りなんて寸法はどうですかね」
 不意に切りもち包みが四つふところに飛び込んでまいりましたものでしたから、すっかりもう有頂天、出るからほんとうに日光参りにでも行くようなはしゃぎ方でいましたが、右門はしかしちょっとばかり不思議だったのです。わらじを締めてすたすたと足を早めるには早めましたが、忍のお城下を目がけるならば、当然板橋口から奥州|街道《かいどう》へ向けて北上すべきなのに、気がついてみると新宿を通りすぎて、いつのまにか甲州口を西へ西へとこころざしていましたものでしたから、すっかり有頂天になっていた伝六は少々興ざめしたとみえて、ふところの百両をぽんぽんと上から平手でたたきながら、不服そうに呼びかけました。
「だんなえ? ね、だんなえったら! こっちへ来たんじゃ、ちっとばかり方角が違うように思いやすが、まさかにこの百両は、堀《ほり》の内《うち》のお祖師さまへお賽銭《さいせん》にあげるっていうんじゃござんすまいね」
 だのに、右門はごくすましたものです。金看板どおりにむっつりおし黙って、すたすたと甲州口を西へ西へと急いでいましたが、行くことおよそ十町ばかり、道を少し左へ切れて武蔵野《むさしの》特
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