したから、非役のてまえとして、出仕するの必要がありました。けれども、たとい非役であったにしても、このぷきみな怪談を耳に入れて、いまさら出仕などゆうちょうなまねが、なぜにしていられましょうぞ! 手に材料がないだけに、一歩敬四郎に先んじられているだけにいっそう競争意識をあおられましたので、かれは病気のていにつくろって、当分出仕ご免の許しを得ておくと、心を新たにして事件に向かおうと思いたちました。こういうときに、すなわち、心を新たにしようというときに、いつも右門の取る方法は、碁盤に向かうことです。お打ちになられるかたがたはご存じのことと思いますが、心に煩悶《はんもん》の多いときに、ないしはくふうのつかない事件なぞがあるときに、まず端然と威儀を改め、それからおもむろに心気を静めて盤に面し、しかるのちに、あのかぐわしきかや[#「かや」に傍点]の木の清浄なかおりをたしなみながら、ひんやりと手に冷たい石をとりあげて、戞然《かつぜん》と音たてながら打ちこんで行くことは、まことに颯々爽々《さつさつそうそう》として心気の澄み静まるもので、だから右門はちゅうちょなく盤に対しました。腕は職業初段に先というとこ
前へ 次へ
全46ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング