は三倍に疑惑を強めながらも、第一段の方策は放棄するのほかはありませんでした。放棄すれば、いうまでもなく事件のいっさいについて、いたずらであるか、目的を持った犯行であるか、また何がゆえにそうまでも秘密を守り、かつまた会うことを避けねばならないのであるか、それらの糸口となるべき材料をつかむことも、その探索への順序を立てることすらも、なんら判断を下すことが不可能になったのですから、自然の結果として、かれに残された道はただ一つ、その事件から手を引く以外にはないことになりました。
しかし、そんなことで、さじを投げるような右門とは右門が違います。こうなれば、残らず物的証拠を洗いたてて、かれがつねに得意の戦法としているからめてから糸をたぐり、あくまでもこの怪奇な秘密に包まれた事件の底を割ってみせようと思いたちましたから、ふふんというように小気味のいい冷笑を敬四郎配下の小者どもに残しておくと、さっさと表へ出ていきながら、たこのように口をとんがらしてひとり腹をたてていた伝六に突然命じました。
「大急ぎで駕籠《かご》屋を二丁ひっぱってこい!」
「え? また駕籠ですか。南蛮幽霊のときもそうでござんしたが、あいつと同じ轍《てつ》で、また江戸じゅうを駆けまわるんでげすかい?」
「いやか」
「どうしてどうして、生まれつき、あっしゃ駆けまわるのが大好きですからね。回ってろといや、一年でも二年でも回ってますが、いったいきょうは、どこを探るんでげすかい?」
「きさまは南町ご番所配属の自身番という自身番を残らず改めろ。この三日以内に、生首をもぎとられた者はないか、行くえ知れずになったものはないかといってな、あったら、例の三つの首の主と思える者の素姓を洗ってくるんだ」
「ありがてえッ、じゃ、いよいよあばたのだんなと本気のさや当てになりましたね。ちくしょう! おしゃべり屋の伝六様がついてらあ。じゃ、ちょっとお待ちなせえよ。この辺は屋敷町で店駕籠はねえかもしれませんからね」
いうや否や、韋駄天《いだてん》で行ったかと思いましたが、案外にさっそく見つかったとみえて、屈強な替え肩を二人ずつ伴いながら、早駕籠仕立てで威勢のいいところを二丁ひっぱってまいりましたので、一丁は伝六へ、一丁は右門自身で、そして右門みずからは北町奉行ご配下をひとめぐりしようと、すぐに息づえを上げさせました。
順序として、右門はまず呉服橋の北町ご番所へ乗りつけました。だが、首を切られた、という届け出も、首のない死体があったという届け出も、行くえ知れずの者さえも、およそ事件に関係のあるらしい殺傷ごとはなに一つなかったのです。ではというので、ただちにもよりの自身番からかたっぱし当たってまいりましたが、しかし、どこの番所でも、答えたことばは、ただ次のごときあっさりとした一語のみでした。
「へえい、またですか。つい先ほど、あばたの敬四郎だんなもそんなことおっしゃって、目色を変えながら早駕籠で尋ねてまいりましたが、どこかで首を盗まれた人間でもあるんですか」
しかも、行った先、行った先の番所の者が異口同音にそういって、すでにひと足お先に敬四郎の回ったことを立証しましたものでしたから、心当たりのなかったことよりも、あてのはずれてしまったことよりも、敬四郎に先んじられたくやしさと、敬四郎と同じ方法で探索の歩を進めていることに対する焦燥とで、右門はことごとくがっかりとなってしまいました。しかたなくあきらめると、とっぷりとすでに暮れきった夜の町を、力なく駕籠にゆられながらお組屋敷へ引き揚げました。ところへ、同時のように伝六も引き揚げてまいりましたが、その報告はこれも同様、手がかりとなるべきものはなに一つなく、やはり敬四郎配下の者が、すでにひと足先に回っていたということだけがわかったばかりでしたから、右門はいよいよがっかりとなって、黙然と腕こまぬきながら、今後いかにすべきかその方法について、ひたすら考えを凝らしました。
だが、どれだけ考えてみても、この三日前後に江戸において行き方しれずになった者もなく、首を失った者の届け出もないとすれば、けっきょく探索の中心点を疑問の旗本小田切久之進において、事件の糸口をほぐし出すべく、詳細な犯罪調査と、同時に久之進その人の身がら調査を行なうよりほかには、もう残された方法がないわけでしたから、としたならば、いかにしてその二つの調査を進めていったらいいか?――右門は考えの中心をその一点に集めて、いかにすべきかの方法について、くふうをこらしました。その結果として案出されたものは、次の二つでした。知らるるとおり、正面から当たったのでは面会をさえも拒絶しているんですから、いずれもからめてから糸をほぐしていこうという方法でありましたが、すなわち第一は、なんびとか久之進一家の内情を熟知してい
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