る者によって、あの疑雲に包まれている秘密の殿堂をあばこうという方法で、第二は、ほかならぬあばたの敬四郎に向かって間者か付き人かを放ちながら、その手中に納めている材料を巧みに盗みとろうという手段――。そこで、あらたに起こって来る問題は、一と二とのそのいずれを選ぶべきかという点でありますが、いうまでもなく二の方法は一の方法よりもたやすいのです。間諜間者《かんちょうかんじゃ》を放つというような問題になれば、何をいうにもそれが本職の人たちなんだから、たとい鈍感なることおしゃべり屋の伝六のごとき者を使ったにしても、一の方法のなにほどか多分の手数を要するに反し、二の方法は少なくも半分の手軽さで行かれるわけでした。だから――だが、そのたやすい第二の方法には、人の苦心を盗み取るということで、卑しむべき卑劣さがありました。少なくも二本差している者の面目上からいって、恥ずべき卑劣さがありました。卑劣や、ひきょうは、断わるまでもなく、またいうまでもなく、われわれの嘆賞すべきむっつり右門の断じて選ぶべき道ではない!
「よしッ。おれはあくまでもおれひとりの力によって、正々堂々と天地に恥じぬ公明正大な道を選んでやろう!」
 ですから、瞬時のうちに、迷うところなく進むべき道が決心つきましたので、右門は凛然《りんぜん》として立ち上がると、ただちにはせ向かったところは、ほかならぬ松平|伊豆守信綱《いずのかみのぶつな》のお下屋敷でありました。いうまでもなく、伊豆守は時の老中として右門なぞのみだりに近づきがたい権勢な位置にありましたが、前章で述べたとおり、あの奇怪な南蛮幽霊の大捕物によって、右門はその功を伊豆守から認められ、過分のおほめのことばをさえ賜わっていたので、小当たりにそれとなく当たってみたら、老中というその職責からいって、疑問の旗本小田切久之進の身がら人がら素姓に関し、何か得るところがあるだろうと思いついたからでした。
 案の定、伊豆守は老中という権職の格式を離れて、親しくそのご寝所に右門を導き入れながら、気軽に接見してくれました。けれども、たやすく引見はしてくれましたが、結果は案外にも不首尾だったのです。疑惑の中心人物小田切久之進については、次のごとき数点を語ってくれたばかりで、すなわちその素姓に関しては、ご当代に至って新規お取り立てになった旗本であるということ、それまでは卑禄《ひろく》のお鷹匠《たかしょう》であったということ、だから他の三河以来の譜代とは違って、僅々《きんきん》この十年来の一代のお旗本にすぎないということ、したがって人がらはお鷹匠上がりの生地そのままにきわめて小心小胆であること、小胆なくらいだから性行はごくごくの温厚篤実で、その点さらになんらの非の打ちどころはないというのでした。加うるに、肝心の屋敷の様子ならびに家族の者に関する内情はいっこうに存じ寄りがないというのでしたから、これはどうあっても不結果です。ことに、その性行が温厚篤実という一条に至っては、いやしくも老中職の松平知恵|伊豆《いず》が、釜《かま》のような判を押して保証しただけに、大のおもわく違いで、温厚なものならむろん人に恨みを買うような非行もないはずでしたから、人に恨みをうけないとすれば、置かれるものに事を欠いて胸の上に気味のわるい生首なぞをのっけられるはずもないわけで、とすると全然のいたずらか?――それとも、あるいは伝六のいったごとく、ほんとうの怪談か?――右門の心はしだいに乱れ、推断もまたしだいに曇って、美しい顔の色がだんだんとくらまっていきました。その顔の色で万策の尽きたことを知ったものか、伝六がそばから伝六なみの鬱憤《うっぷん》を漏らしました。
「ちくしょうめ。相手にことを欠いて、また悪いやつが向こうに回ったものだね。ほかのだんななら、それほどくやしいとも、しゃくだとも思いませんが、あのあばたの大将にてがらされると思うと、あっしゃ江戸じゅうの女の子のためにくやしいね。どこの女の子にしたって、いい男にいいてがらさせるほうが、夢に見るにしたって、話に聞くにしたって、ずっといいこころもちがするんだからね」
 まったくそうかもしれないが、しかし、あばたの敬四郎がたとい日本第一の醜男《ぶおとこ》であったにしても、一歩先んじられたという事実はあくまでも事実なんだから、右門はそのきりっとした美しい面にほろ苦い苦笑をもらすと、やがて寂しくいいました。
「あした来な」
 そして、ごろりそのまま横になってしまいました。

    3

 しかし、翌日はあいにくのじめじめとしたさみだれでした。わるいことには、その雨の日にかぎってまたちょうど勤番で、もちろん事件がその手にあったならば、勤番、非番の区別はないわけでしたが、知らるるとおりこの生首事件はかれの手に委嘱されたものではなかったので
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