うに左の目をえぐりぬかれて、べっとりと生血に染まりながら胸先にのっかっていたというんですよ」
「ふうむのう」
 二度まではさほどにぶきみとも思わなかったのですが、ついにそれが三たびも続き、しかもその三たびめは雨の日とはいいながら昼日中に行なわれて、加うるに三度が三度違った生首であることが奇異なところへ、いずれもその死に首の左目ばかりがえぐり抜かれていたといったのでしたから、さすが物に動じない右門も、はじめてそのときぞっと水を浴びながら、おもわず、うめき声を発しました。けれども、それはしかし、ほんの瞬間だけのうめき声でした。明皎々《めいこうこう》たること南蛮渡来の玻璃鏡《はりきょう》のごとき、曇りなく研《と》ぎみがかれた職業本能の心の鏡にふと大きな疑惑が映りましたので、間をおかず伝六に不審のくぎを打ちました。
「だが、一つふにおちないことがあるな。それほどの奇異なできごとを、小田切久之進とやら申すその旗本は、なぜ今日まで訴えずにいたのかな」
「そこでがすよ、そこでがすよ。あっしもねた[#「ねた」に傍点]は存外その辺にあるとにらんだのでがすがね。三百石の小身とはいい条、ともかくもれっきとしたお直参のお旗本なんだから、ご奉行さまだって、ご老中だって、身分がらからいったひにゃ同等なんでがしょう。してみりゃ、なにも三日の間それほどの化け物話を隠しだてしたり、ないしはまた遠慮なんぞするにゃあたらないんだからね。しかるに、おかしなことには、きょうそのお旗本のだんながこっそりお奉行所へやって来て、直接お奉行さまに会ったうえで、身分がらにかかわるんだから、事件のことも、探索のことも、ごく内密にしてくれろといったんだそうでがすよ」
「え? そりゃほんとうか」
「ほんとうともほんとうとも、そこは蛇《じゃ》の道ゃなんとやらで、すっかりかぎ出しちまったんですがね。だもんだから、お奉行さまも、ではだれか腕っこきの者にでもごく内密にやらせましょう、っていってるところへ、運よく行き合わしたのがあばたのあのだんななんです。だから、先生すっかりおどり上がって、今度こそはという意気込みで、自分からそれを買って出たという寸法なんですよ」
 聞き終わると同時に眼をとじてしばらく黙々と考えていましたが、まもなく右門の口からは、りんとして強い一語が放たれました。
「よしッ、そうと聞きゃ男の意地だ! 勝つか負けるか、功名を争ってやろうよ」
 決心したとなれば、まことにはやきこと風のごとし――もう、かれの足は真昼中の往来を小急ぎに歩きつづけていたのでした。行く先はいうまでもなく番町の旗本小田切久之進方――目的は、これまたいうまでもないこと、どこからどういうふうに探索の手を下すにしても、まず小田切その人に当たる必要があったからです。会って、そしてまず第一に、それが目的あっての犯罪であるか、それともただのいたずらであるか? 犯罪としたら、どういう目的のもとにかかる奇怪事を三たびまでも繰り返して行なったか? 第二には、疑問の中心点であるごく内密にしてほしいといったそのことの理由について、なんらかの糸口とひっかかりを発見しないことには、それこそ伝六のいいぐさではないが、このぶきみきわまる怪談のあばきようがないと思いついたからでした。
 けれども、せっかく勢い込んでやって行ったのに、残念ながら右門の出動はひと足おそかったのです。
 むろん、自分より先にあばたの敬四郎が手を下していることは知っていましたから、おおよその覚悟も予想もつけていったのでしたが、事実ははるかにそれを越えて、小田切方の屋敷内はすでにその直属の岡っ引き目あかしなぞ配下一統の者によつて、秘密に厳重な出入り禁止を施されたあとだったからでした。小しゃくなと思いましたが、目的は主人の小田切久之進にありましたから、かれらが町方の者ならば、自分も同じお公儀の禄《ろく》をはむ者であるという見識を示して、堂々その禁を破り、堂々と官職姓名を名のって主人に面会を申し込みました。
 ところが――当然会わねばならないはずのものが会ってくれない! 不思議なことに、会ってくれない! もはや手配済みでござるから、このうえのご配慮は迷惑でござる――そういう理由のもとに、半ばお直参の威嚇を示しながら、ぴたりと面会を峻拒《しゅんきょ》いたしました。
「臭いな」
 右門の疑惑は二倍に強まりましたので、その威嚇を犯して、あくまでも面談を強請いたしました。けれども、小田切久之進は顔さえも見せないで、いよいよ奇怪なことに、いっそうろこつなお直参の威嚇を示しながら、重ねて右門の申し入れを峻拒いたしました。これはどうしたって、会わないというその事がらに対して疑いを深めるより道はないのだけれども、相手は小身ながらともかくもお直参のかさを着たお旗本なんでしたから、右門
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