なにかでか物[#「でか物」に傍点]の事件が起きたな、というけはいを見てとったものでしたから、こうなるとむっつり右門はつねにそうでありましたが、すべての態度がもはやまったく疾風迅雷という形容そのままでした。かれは、きょとんと目をひらいて戸惑っている伝六へ、しかるようにいいました。
「きさまだって、あばたの敬四郎がこのごろおれと功名争いしているくらいなことは知ってるだろう」
「え! あっ! そうでしたかい。じゃ、今のあいつの様子で、事起こるとにらんだのですね」
ひょうきん者のおしゃべり屋ではありましたが、そこはやはり職業本能で、右門のそのひとことで、ぴりっと胸にこたえたものがあったのでしょう。ところへ、さながらおあつらえ向きのように、今あわてふためいて自分のお小屋のほうへ駆け込んでいった相手の敬四郎が、大急ぎで狩り集めたらしく、配下の手下小者を引き具して、どやどやと血相変えながら出てまいりましたので、いよいよ伝六にも事の容易ならぬけはいが感得できたものか、もうあとはいっさいが目まぜと目まぜと、それからましらのごときすばしっこさのみでした。むしろ、こうなると、がってんの伝六とでもいうほうが適当なくらいですが、しかし右門は反対に、もうそのときは林のごとく静かでした。面の清らかなることはまた天上の星のごとくに清澄で、騒がずにおのがお小屋に帰っていくと、ごろり横になりながら、自信そのもののごとくに、すぐと毛抜きを取り出したものでした。
2
待つことおよそ小半とき――。日はうららにもうららかな孟春《もうしゅん》四月の真昼どきでした。そして、案の定、右門のにらんだずぼしは、まちがいもなく的中したのです。
「偉い! さすがに目が高い!」
肩息で駆けかえりながら、汗もふかずに、まず伝六がずぼしの的中を証拠だてたので、右門もようやく手から毛抜きを放しました。しかし、ことばは氷のごとく冷ややかでした――。
「どうだ。さかなは大きかったろう」
「大きいにもなんにも、まるで怪談ですぜ」
「つじ切りか」
「どうしてどうして、これですよ。これですよ」
話すまもぶきみにたえないといいたげな身ぷりをしながら、手まねでこれといったので、そのこれといった伝六の指先でさし示している方角を見守ると、右門の眼光は同時にぎろりと光って、ことばに鋭さが加わりました。
「首?」
「さようで、それもただの首じゃごわせんぜ。まだ血のべっとりと流れている生首ですぜ」
「どこかにそいつがころがってでもいたというんか」
「ところが、そいつがただのところにころがっちゃいないんだから、まるで怪談じゃごわせんか。ね、肝をすえてお聞きなせえよ。お屋敷は番町だそうで、名まえは小田切久之進《おだぎりきゅうのしん》っていうもう五十を過ぎたお旗本だそうながね、お禄高《ろくだか》は三百石だというんだから、旗本にしちゃご小身でしょうが、とにかくそのお旗本のだんなが、眠っている夜中に、どうしたことか急に胸が重くなって、なんか胸先のあたりを押えつけられるような気がしましたものだからね、はっと思って、ふと目をあけてみるてえと――」
「胸のうえに、生首が置いてあったというのか」
「さようで、お約束どおりのざんばら髪でね。青黒いその生首に、べっとりと、いま出たばかりと思われるようなまだ少しなまあったかい血がしみているというんですよ。しかも、そいつが女の首で、おまけに片目えぐりぬいてあるっていうんですよ」
「なるほど、少し変わってるな」
「変わってる段じゃない。いまにおぞ毛が立ちますから、もう少しお聞きなせえよ。ところでね、その生首がひと晩きりじゃねえんですよ。あくる晩にも、やっぱりまた胸もとが変に重くなったから、ひょいと目をあけてみるてえと、今度は座頭の坊主首――」
「なに、座頭? めくらだな」
「さようで。ところが、その生首のめくらの目玉が、やっぱり片方えぐりぬいてあるっていうんだから、どうしたってこいつ怪談ですよ」
「目はどっちだ。左か、右か」
「そいつが、女の生首のときも、座頭の生首のときも、同じように左ばかりだというんだから、いよいよもって怪談じゃごわせんか、だからね、騒ぎがだんだんと大きくなって、三晩めには屋敷じゅう残らずの者が徹夜で警戒したっていうんですよ。するてえと、三晩めにはいいあんばいに生首のお進物がやって来なかったものでしたから、ちょうどきのうです、ご存じのように、きのうはいちんち朝から陰気なさみだれでしたね。ほんとうに降りみ降らずみっていうやつでしたが、つい前夜の疲れが出たものでしたから、屋敷じゅうの者残らずがうたた寝をしているてえと、その雨の真昼間に寝ている旗本のだんなの胸先が、やっぱりまた急に重くなったんで、ひょいと目をさましてみると、今度は年寄りの生首のお進物が、同じよ
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