に突き伏せられてしまいました。それがまたまことに真に迫ったしぐさばかりで、どういう仕掛けがあったものか、清正の長槍からべっとりと生血がしたたり、縫いぐるみの朝鮮虎がほんとうにビクビクと手足を痙攣《けいれん》させだしたのですから、見物席はおもわずわっとばかりに拍手を浴びせかけました。
 ところが――実はその拍手の雨が注がれていた中で、世にも奇怪なできごとがおぞましくもそこに突発していたのです。いつまでたっても虎が起き上がらないので、いぶかしく思いながら近よってみると、清正の長槍に生血のしたたったのもまことに道理、虎の死に方が真に迫ったもまことに道理、岡っ引きの長助はほんとうにそこで突き伏せられていたのでした。
「わっ! たいへんだ! 死んでるぞ! 死んでるぞ!」
 なにがたいへんだといって、世の中におしばいの殺され役がほんとうに殺されていたら、これほど大事件はまたとありますまいが、あわてて縫いぐるみをほどいてみると、長助はぐさりと一突き脾腹《ひばら》をやられてすでにまったくこと切れていたので、いっせいに人たちの口からは驚きの声が上がりました。同時に気がついて見まわすと、まことに奇怪とも奇
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