ますぜ」
「じゃ、そんなうわさも上っちゃいないんだな」
「さようで――また上らないのがあたりまえでしょうよ。さらわれたとすると、その人間はきっと帰ってこないんでしょうからね。だから、四日も五日もお上のお耳へ上らずにもいたんでしょうからね。しかし、ちょっとおつな話はございますよ。こいつあ人さらいの幽霊とは別ですがね、このごろじゅうから、あの土手の先へ、べっぴん親子のおでん屋が屋台を張るそうでしてね、なんでもその娘というのがすばらしい美人のうえに、人の評判では琉球《りゅうきゅう》の芋焼酎《いもしょうちゅう》だといいますがね、とにかく味の変わったばかに辛くてうまい変てこりんな酒を飲ませるっていうんで、大繁盛だそうですよ。どうでごわす、拝みに参りましょうか」
 つべこべと口早にしゃべるのを聞きながら、じっと目を閉じて、何ものかをまさぐるように考えていましたが、と、突然右門がすっくと立ち上がりながら外出のしたくにとりかかったので、伝六は早がてんしながらいいました。
「ありがてえ! じゃ、本気にべっぴんを拝みに出かけるんですかい」
 しかし、右門は押し黙ったままで万端のしたくをととのえてしまうと、
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