い将棋の駒で、それも王将。婢のいうには、あの町人の三百両紛失事件が降ってわいたそのあとに、右の将棋の駒がおっこちていたというのでありました。巨細《こさい》によく調べてみると、まず第一に目についたものは、相当使い古したものらしいにかかわらず、少しの手あかも見えないで、ぴかぴかと手入れのいいみがきがかけられてあったことでした。それから、材料は上等の桑の木で、彫りはむろん漆彫り、しりをかえしてみると『凌英《りょうえい》』という二字が見えるのです。
「凌英とな……聞いたような名まえだな」
 思いながらしばらく考えているうちに、右門ははたとひざを打ちました。そのころ駒彫《こまぼ》りの名人として将棋さしの間に江戸随一と評判されていた、書家の凌英であることに思い当たったからでした。してみると、むろん一組み一両以上の品物で、木口なぞの上等な点といい、手入れのいいぐあいといい、この駒の持ち主はひとかどの将棋さし――少なくもずぶのしろうとではないことが、当然の結果として首肯されました。
「よしッ。存外こいつあ早くねた[#「ねた」に傍点]があがるかもしれんぞ!」
 こうなればまったくもう疾風迅雷《しっぷうじ
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