る その影の うたつてゐるのを……
それは涙ぐんだ鼻声に かへらない
昔の過ぎた夏花のしらべを うたふ

《あれは頬白【ほほじろ】 あれは鶸【ひは】 あれは 樅【もみ】の樹 あれは
私……私は鶸 私は 樅の樹……》 こたへもなしに
私と影とは 眺めあふ いつかもそれはさうだつたやうに

影は きいてゐる 私の心に うたふのを
ひとすぢの 古い小川のさやぎのやうに
溢れる泪【なみだ】の うたふのを……雪のおもてに――




 浅き春に寄せて


今は 二月 たつたそれだけ
あたりには もう春がきこえてゐる
だけれども たつたそれだけ
昔むかしの 約束はもうのこらない

今は 二月 たつた一度だけ
夢のなかに ささやいて ひとはゐない
だけれども たつた一度だけ
そのひとは 私のために ほほゑんだ

さう! 花は またひらくであらう
さうして鳥は かはらずに啼いて
人びとは春のなかに笑みかはすであらう

今は 二月 雪の面【おも】につづいた
私の みだれた足跡……それだけ
たつたそれだけ――私には……

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

優しき歌 II

前へ 次へ
全13ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
立原 道造 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング