でゆわえるもの、ゆわえられた束《たば》を薪小屋に運んで整理するもの、とだいたい五つの班にわかれていたが、管理部の人員の割り当てに、多少の誤算があり、はじめのうちは手持ちぶさたの塾生や、忙《いそが》しすぎる塾生がないでもなかった。しかし、そのでこぼこも、間もなく修正された。
 朝倉先生も、次郎も、むろん作業に加わった。こうした場合、二人は決して計画したり、指揮《しき》したりする側にはたたなかった。それどころか、一般《いっぱん》の塾生たちと同じように、それぞれどの班かに割り当ててもらって、班長の指揮の下《もと》に働くようにしていたのである。もっとも、全体の様子を観察する必要から、比較的自由な立場にいたことは、言うまでもない。
 次郎は木のぼりの班に加わり、朝倉先生は薪小屋整理班に加わっていた。
 木にのぼって、鋸《のこぎり》をひきながら、次郎は、たえす、恭一にあてて書いた手紙のことばかり考えていた。
(もし恭一の手紙にあるように、道江の自分に対する気持ちに、いくらかでも望みがあるとすると――)
 そんな仮定がいくたびとなくかれの頭の中を往復した。ばかな! と、そのたびごとに自分を叱《しか》ってはみるが、しばらくたつと、いつのまにか、また同じ仮定がかれの心にしのびこんでいるのだった。そして、
(何もあわてて返事を出す必要はない。出してしまったらもう取りかえしがつかなくなるのだ。)
 と、そう考えて、いそいで木をおり、事務室の発信ばこのほうにかけつけたくなったことも、一度や二度ではなかった。
 しかし、また一方では、恭一の手紙を信じようとする自分の甘《あま》さを思った。それを信じて返事をおくらしたために、自分の本心を恭一に見ぬかれるということは、かれの自尊心がゆるさなかったのである。
 かれは、枝を一本おろすごとに、自分の腕時計《うでどけい》を見た。最初見たときには、二時間半までには、まだ四十分以上の時間が残されていたので、かれの気持ちには、かなりのゆとりがあった。しかし、十五分、十分と、残された時間が少なくなるにつれ、かれの焦躁感《しょうそうかん》はしだいに高まって行った。そして、いよいよその時刻が来て、郵便物当番が塾堂の玄関に自転車をひき出して来たのを見ると、かれはもう、枝をおろすのを忘れて、何かにつかれたように、一心にそのほうに目をこらしていた。
(やっぱり、もう一度考えなおそう。)
 自転車が動きだした瞬間《しゅんかん》、かれはそう決心した。そして、手をふりあげて郵便物当番の名を呼んだ。かれは思いきり大声をあげたつもりだった。しかし、その声は、咽《のど》の奥《おく》から何かの力で引きもどされたように、変なうなり声になっただけだった。郵便物当番は、むろん、ふり向きもしなかった。かれは、玄関をはなれると、くぬぎ林のまえの広場を斜《なな》めに、正門のほうに向かって自転車の速力をはやめた。
 次郎には、もう一度、大声をあげてそれを呼びとめるいとまがなかった。いとまがなかったというよりも、心のゆとりがなかったといったほうが適当であった。かれは、気ぬけがしたように、ぽかんとしてそのあとを見おくっていた。そして、自転車が正門を出て見えなくなると、急にがくりと首をたれ、両腕で本の幹を抱《だ》いた。
 いっさいは終わった。道江の問題に関するかぎり、いっさいは終わった。自分のとった方法が賢明《けんめい》であったにせよ、おろかであったにせよ、これでほんとうにいっさいは終わったのだ。と、いったんはあきらめたようにそう思うのだったが、しかし、ながいこと闇《やみ》にうずくまっていた自分のまえに思いがけなく一つの燈火《とうか》がともされたのに、その燈火の正体をよくつきとめもしないで、自分はあわててそれを吹《ふ》き消してしまったのではないか、と思うと、やり場のないくやしさと、さびしさとが、胸の底からつきあげて来るのだった。
「どうしたんです。気分がわるいんじゃありませんか。」
 だしぬけに木の根もとから声をかけたものがあった。大河無門の声だった。大河は枝を運ぶ役割にまわっていたのである。
 次郎はぎくりとした。大河無門の声が、この時ほど次郎の耳に気味わるく響《ひび》いたことは、おそらくこれまでにもなかったことであろう。
「いいえ、何でもないんです。……鋸屑《おがくす》が目にはいったような気が、ちょっとしたもんですから。」
 次郎は、そう言って、わざわざ目を手の甲《こう》でこすった。しかし、つぎの瞬間には、そんなごまかしをやった自分が、たまらなくいやになり、思わず肩《かた》をすくめた。
「おりて来ませんか。鋸屑がはいっているなら、はやくとったほうがいいですよ。ぼく、見てあげましょう。」
「ええ、もうだいじょうぶです。」
 次郎は、目をぱちぱちさせながら、大河を見おろした。大河は、まだ心配そうな顔をして次郎を見あげている。次郎は、大河の顔に例の笑いが浮《う》かんでいなかったので、ほっとした気持ちだった。
「ほんとうにだいじょうぶです。何でもなかったんです。」
 次郎はもう一度そう言って、すぐ鋸をひきはじめた。
 大河がそこいらにあった木の枝を運び去ったあと、次郎は、まるで質のちがった二つのにがい味を、同時に心の中で味わいながら、黙々《もくもく》として鋸をひいた。永久に恋《こい》を失ったということも、にがい味のすることだったが、弱い人間として大河無門の前に立たされているということも、それにおとらず、にがい味のすることだったのである。
 三時になると、みんなは草っ原に腰《こし》をおろして、お茶をのみ、ふかし芋《いも》を食った。一人あたり一日五十銭の食費の中から、こうした場合のおやつ代をひねり出すのは、炊事部《すいじぶ》に任された権限なのであった。
 郵便物当番も、もうむろんそのころには帰って来て、仲間に加わっていた。かれは、芋を頬張《ほおば》りながら、みんなに今日の発信数と、これまでの累計《るいけい》とを報告したあとで、言った。
「封書だけで言うと、今日がレコードだったよ。故郷をはなれて二週間近くにもなると、そろそろ綿々たる手紙が書きたくなるらしい。ことに今日の手紙には異性あてのが多かった。それも差出人《さしだしにん》とは姓《せい》のちがった宛名《あてな》が多かったようだ。」
 すると、にぎやかな笑い声にまじって、いろんな野次《やじ》がとんだ。
「時局がら、憂《うれ》うべき傾向《けいこう》だ。査問会《さもんかい》をひらいたら、どうだい。」
「しかし、いったい、郵便物当番に、異性あての手紙が何通だなんていうことまで調査する権限があるのかね。」
「まさか開封《かいふう》して見たんではないだろうな。」
「とにかく、発信人の名前ぐらいは公表してもよさそうだ。」
「これからは、各人別に異性あての手紙の累計をとるべきだよ。」
 そういった調子である。
 朝倉夫人も、こんな時間には、かならず顔を出し、茶をついでまわったりする習慣になっていたが、一通り野次がとんでしまって、笑い声がおさまったころ、夫人は、みんなの顔を見まわしながら、真顔《まがお》になってたずねた。
「それはそうと、みなさんの中に、もう奥《おく》さんがおありの方は、どなた?」
 みんなにやにや笑っているだけで、返事がない。
「あたしには、おおよそわかりますわ。あててみましょうか。飯島さんはおありでしょう?」
 飯島は、めずらしく子供のようにはにかみながら、しばらく頭をかいたあとで、こたえた。
「あります。」
 みんなが拍手《はくしゅ》した。拍手にまじって、だれかがとん狂《きょう》な声で叫《さけ》んだ。
「小母《おば》さんはさすがに体験家だなあ。」
 それでまた笑いが爆発《ばくはつ》した。朝倉夫人も笑いながら、
「大河さんは?」
 みんなは、飯島のときよりも興味深そうな目をして、一せいに大河を見た。大河は、しかし、近眼鏡の奥《おく》に、どこを見るともなく目をすえ、とぼけたようにこたえた。
「ありませんね。うっかりして、恋《こい》をしたこともまだないんです。だから、ぼくは入塾《にゅうじゅく》してから一度も手紙を書いたことがありません。さびしい人間ですよ。」
 みんなは腹をかかえて笑った。中には、たべかけた芋を吹《ふ》き出したものもあった。朝倉先生も夫人も、むろん笑った。ただ次郎だけは、どうしても笑えなかった。かれには、そんなことをいった大河がいよいよ気味わるく感じられたのだった。
 かれは、ふたたび作業がはじまるまで、とうとうその場の空気にとけこむことができず、まともに人の顔を見ることさえしなかった。それがいよいよかれを苦しめた。自分はもう、友愛塾の中の人間ではない。そんな気がしみじみとするのであった。
 予定の作業が全部おわったのは五時近いころだった。作業のあとは入浴の時間だった。浴室はかなり広かったので、一度に二十人ぐらいははいれた。朝倉先生も、次郎も、塾生たちと裸《はだか》の皮膚《ひふ》をふれあい、おたがいに背中を流しあうのだった。
 着物を着ている時の顔と、まる裸になった時の顔とは、まだ十分知りあわないうちは、とかく一致《いっち》しにくいものである。そのため、はじめのころは、湯ぶねにひたりながら、おたがいに名前をたしかめあうというようなこともよくあった。しかし、このごろでは、もうそんなことはほとんどなくなっている。それどころか、おたがいに渾名《あだな》を呼びあうことさえ、すでにはやりだしているのである。そして、その渾名の中には、入浴時のある発見や偶然《ぐうぜん》のできごとを機縁《きえん》にして命名《めいめい》されたものも少なくはなかった。たとえば「河馬《かば》」とか、「仁王《におう》」とか、「どぶ鼠《ねずみ》」とか、「胸毛《むなげ》の六蔵」とか、いったようなのがそうであった。
 大河無門も、入浴中に渾名をもらった一人だった。かれの眼は、近眼鏡をはずすと、いつもの光を失い、とろんとした眼になるのだったが、かれはその眼を半眼《はんがん》にひらき、周囲のさわがしさとはまるで無関係に、湯ぶねのすみに、黙然《もくねん》として首だけを出していることがよくあった。ある日、かれのそうした様子を見ていた茶目な一塾生が、四月八日の甘茶《あまちゃ》だといって、タオルにふくませた湯を、かれの頭上にたらたらとかけてやった。かれは、しかし、それでも身じろぎ一つせす、ただしずかに眼をつぶっただけで、その湯を最後までうけていた。それ以来、「お釈迦《しゃか》さま」というのが、かれの渾名になってしまったのである。
 今日も大河は、その黙然たる姿でしばらく湯にひたっていたが、急に、何と思ったか、そのとろんとした眼で、すぐとなりにいた塾生の顔をのぞきこみながら、にこりともしないでたずねた。
「君は恋愛《れんあい》の経験がありますか。」
 たずねられたのは青山敬太郎だった。かれは面くらったように、眼を見張って大河の顔を見ていたが、やがて、くすぐったそうに笑いながら、
「ありませんね。」
「ほんとうにありませんか。」
 大河は真顔だった。青山も真顔になりながら、
「あれば、どうなんです。」
「ちょっとたずねてみたいことがあるんです。」
「どんなことでしょう。」
 大河は、しばらくだまっていたが、
「恋愛の経験のない人にたずねても、答えが出るはずがありません。よしましょう。」
 青山は苦笑して、
「実は、ないこともないんですがね。」
「ないこともないぐらいな恋愛では、しようがない。」
 大河は、そう言うとまたもとの黙然たる姿勢にかえり、それっきり口をききそうになかった。すると、湯ぶねの中で、二人の問答をおもしろそうにきいていたほかの塾生たちの一人が、ふざけた調子で言った。
「ぼくは、目下《もっか》命がけの恋をやっている最中なんですがね。」
 みんながどっと笑った。大河は、しかし、そのほうをふりむこうともしなかった。
 朝倉先生は、その時、たたきで塾生の一人に背を流してもらっていたが、それが終ると、湯ぶねの中にはいって来て、言った。
「大河君
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