辞だが、時間の都合では、その陸軍省の方だけにお願いすることになるかもしれないから、そのつもりでいてくれたまえ。」
「軍人に祝辞をやらせるんですか。」
 次郎はもうかなり興奮していた。
「礼儀《れいぎ》として、私のほうからお願いすべきだろうね。」
「しかし塾の方針と矛盾《むじゅん》するようなことを言うんじゃありませんか。」
「自然そういうことになるかもしれない。しかし、それはしかたがないだろう。」
「先生!」
 と、次郎は一歩朝倉先生のほうに乗り出して、
「先生は、自然そういうことになるかもしれないなんて、のんきなことをおっしゃいますが、ぼくは、それぐらいのことではすまないと思うんです。」
「どうして?」
「これは計画的でしょう。」
「計画的?」
「ええ、荒田さんの卑劣《ひれつ》な計画にちがいないんです。荒田さんは、軍の名で塾の指導精神をぶちこわそうとしているんです。」
 次郎の顔は青ざめていた。朝倉先生は、きびしい眼をして次郎を見つめていたが、
「そんな軽率《けいそつ》なことは言うものではない。」
 と、いきなり、こぶしで卓をたたいて、叱《しか》りつけた。しかし、次郎はひるまなかった。
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