になおってもらうようにすすめた。しかし老は、黒眼鏡を真正面に向けたまま黙々としてすわっており、鈴田は眼をぎらつかせて手を横にふるだけだった。
塾生はそれまでにまだ一名も集まっていなかった。それからおおかた五分近くもたって、やっと四十数名のものが顔をそろえたが、しかしみんなしも座のほうに窮屈《きゅうくつ》そうにかたまって、じろじろと荒田老のほうを見ているだけである。
「いやにちぢこまっているね。そんなふうに一ところにかたまらないで、もっとのんびり室をつかったらどうだ。」
床の間を背にしてすわっていた朝倉先生が笑いながら言った。夫人は先生の右がわに少し斜《なな》め向きにすわっていたが、しきりに塾生たちを手招きした。
塾生たちは、それでやっと立ちあがり、前のほうに進んで来るには来たが、しかし、今度おちついた時には、講演でもきく時のように、みんな正面を向いてすわっていた。しかも、朝倉先生との間には、まだ畳二枚ほどの距離《きょり》があった。
「これから懇談会をやるはずだったね。そうではなかったのかい。」
朝倉先生が一番まえの塾生にたずねた。
「はあ。」
と、たずねられた塾生は、何かにま
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