るだろうと思うのである。
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「ぼくは、中学一年にはいって間もないころ、しみじみと人間の運命というものの不思議さに思い到《いた》ったことがあった。それは、朝倉先生にはじめて接することができた時の喜びの原因を、それからそれへと過去にさかのぼって考えていくうちに、ついに、ぼくがお浜《はま》の家に里子《さとご》にやられたのが、そのそもそもの原因であることに気がついた時であった。ぼくは今またあらためて同じようなことを考えないではいられない。というのは、ぼくが中学を追われたのも、友愛塾の助手になったのも、また、田沼《たぬま》先生の人格にふれ、大河無門という友人を得、全国の青年たちと親しむようになったのも、そしてさらに、悲しみと憤《いきどお》りをもって友愛塾にわかれを告げ、自信のない新しい生活をはじめなければならなくなったのも、すべては朝倉先生とのつながりにその原因があり、もとをただせば、やはり里子ということにその遠因があると思うからである。
 道江の問題を考えて見てもやはり同様である。ぼくが道江を知ったのは、大巻《おおまき》との関係からだが、その大巻との関係は、今の母によって
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