わしはめしはたくさんです。」
 と、そっけなく答え、付《つ》き添《そ》いの背広の男をうながし、さっさと自動車に乗ってしまった。
 朝倉夫人は第一回以来のしきたりで、その日は入塾生のこまごました世話をやいたり、炊事《すいじ》のほうの手助けをしたりしていたため、開式になって、はじめて荒田老の怪奇な姿に接し、非常におどろいたらしかった。そして、午後になって、理事長以下来賓が全部引きあげたあと、次郎に今朝のいきさつを話してきかされ、なお塾長室で、朝倉先生と三人集まっての話のときに、先生から老の人物や、その社会的勢力などについてあらましの話をきくと、夫人はさすがに心配そうに眉根《まゆね》をよせて言った。
「塾の中だけのむずかしさなら、かえって張《は》りあいがあって楽しみですけれど、外からいろいろ干渉《かんしょう》されたりするのは、いやですわね。」
 しかし、朝倉先生はそれに対して無雑作《むぞうさ》にこたえた。
「外からの圧力の加わらない共同生活なんか、あり得ないさ。あっても無意味だろう。そういう点からいって、実はこれまでのここの生活は少し甘《あま》すぎたんだ。これからがほんものだよ。」
 その後
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