それていた。それから、背広の人にスリッパをはかせてもらって玄関をあがり、そろそろと塾長室のほうに手をひかれて歩きながら、
「田沼さんが青年塾をはじめられたといううわさだけは、もうとうからきいていました。わしも青年指導には興味があるんで、一度見学したいと思っていたところへ、つい昨日、ある人から今日の開塾式のことをきいたものじゃから、さっそくおしかけてまいったわけです。ご迷惑《めいわく》ではありませんかな。」
「いいえ、決して。……迷惑どころではありません。……理事長も喜ばれるでしょう。……実は、ごくささやかな、いわば試験的な施設《しせつ》だものですから、各方面のかたに大げさな御案内を出すのもどうかと思いまして、いつも内輪《うちわ》の者だけが顔を出すことにいたしているようなわけなんです。」
 朝倉先生は、べつにいいわけをするような様子もなく、淡々《たんたん》としてこたえた。すると、荒田老人は、ぶっきらぼうに、
「これからは、わしもその内輪の一人に、加えてもらいたいものですな。」
 朝倉先生も、それにはさすがに面くらったらしく、
「はあ――」
 と、あいまいにこたえて、塾長室のドアをひらいた
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