賓がまだ一名も見えていない、定刻より三十分以上もまえに、一台の見なれない大型の自家用車が玄関に乗りつけた。そして、その中から、最初にあらわれたのは、眼の鋭《するど》い、四十がらみの背広服《せびろふく》の男だったが、その男は、車のドアを片手で開いたまま、もう一方の手を中のほうにさしのべて言った。
「着《つ》きました。どうぞ。」
 すると、中のほうから、どなりつけるような、さびた声がきこえた。
「ゆるしを得たのか。」
「は。……いいえ。」
「ばかッ。」
 次郎はおどろいた。そして、思わず首をのばし、背広の男の横から車の内部をのぞこうとした。しかし、かれがのぞくまえに、背広の男はもうこちらに向きをかえていた。そして、てれくさいのをごまかすためなのか、それとも、それがいつものくせなのか、変に肩《かた》をそびやかして、玄関先のたたきをこちらに歩いて来た。
 かれは、帽子《ぼうし》をとっただけで、べつに頭もさげず、ジャンパー姿の次郎をじろじろ見ながら、いかにも横柄《おうへい》な口調《くちょう》でたずねた。
「今日は新しく塾生がはいる日ですね。」
「そうです。」
「式は何時からです。」
「もうあと三
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