たりして、心ある塾生たちの反感を買った。大河無門は、二十六日の読書会と研究会で発言したきり、事変中も事変後も沈黙《ちんもく》を守りつづけたが、それは田川の場合とはちがって、むしろ本来のかれの面目《めんぼく》にかえった姿だった。塾生たちは、しかし、研究会でのかれの雄弁《ゆうべん》に圧倒《あっとう》されて以来、議論がめんどうになって来ると、とかくかれの意見を求めたがった。かれも求められると何か言うには言ったが、いつも結論だけをぼそっと言って、あとはとぼけているといった風であった。青山敬太郎も本来あまり口をきかないほうだったが、事変以来は、大河とは反対に、進んで発言する場合がかえって多くなっていた。もっとも、その発言は、友愛塾生活の根本の精神にふれるような論議の場合にかぎられているようだった。また、かれは、しばしば朝倉先生や次郎に対して、こんな感想をもらした。
「事変が起こってみて、ここの生活の意味が、いっそうはっきりわかりました。しかし、一方では、いよいよむずかしくなったという気もします。」
事変後、塾生たちに何か目だつようなことがあったとすれば、まずそんなようなことで一般《いっぱん》の
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