くならんのでね。それに、第一、こんなに東京に近いところでは、民謡なんか、残っているはずがないよ。」
「今度は小母さんの番だ。お願いしまあす。」
 だれかが夫人のほうに鋒先《ほこさき》を向けた。
「あたしも郷土芸術はだめ。」
「何でもいいんです。」
 すると、すみのほうから、
「猫《ねこ》の鳴き声。」
 と、小声で言ったものがあった。笑いがまた爆発した。朝倉夫人も笑いながら、
「猫の鳴き声なんか、陰気《いんき》じゃありません? それよりか、ここには友愛塾|音頭《おんど》というのがありますから、あたしそれをご披露《ひろう》しますわ。」
 一せいに拍手がおこった。夫人は、
「では、本田さん。」
 と、次郎に目くばせした。次郎は自分のそばにおいていたガリ版刷りを塾生たちに渡《わた》した。それには音頭の歌詞《かし》が印刷してあったのである。
 ガリ版刷りがみんなにゆきわたったころには、次郎は、もう、室の隅《すみ》に据《す》えてあったオルガンの前に腰《こし》をおろしており、先生夫妻と、炊事《すいじ》の並木夫妻と、給仕の河瀬の五人が、室の中央に輪を作って立っていた。
 やがて、オルガンにあわせて、五
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