を幾本《いくほん》かずつ植えかえた。先生夫妻の住宅――その一室に次郎も自分の机をすえさしてもらうことになっていた――は、本館とは別棟《べつむね》にして、まず第一に着手されたが、その付近の小さな樹木は、ほとんどすべて次郎の手で整理され、南側には、いつの間にか小さな庭園らしいものさえできあがっていたのである。
 住宅が完全にできあがったのは、その年の十月はじめだった。夫人と次郎とは、それでまた引越しさわぎに忙殺《ぼうさつ》されたが、それはいかにも楽しい忙《いそが》しさだった。荷物を作ったり、解いたりする間に、次郎は、「本田さんとは、よくよくの因縁《いんねん》ですわね」といったかつての夫人の言葉を、何度思いおこしたかしれない。それに夫人は、このごろ、いつとはなしに、かれを「本田さん」と呼ぶ代わりに「次郎さん」と呼ぶようになっていたので、かれは心の中で、「次郎さんとは、よくよくの因縁ですわね」と夫人の言葉を勝手にそう言いかえたり、また、自分はこれから夫人を「お母さん」と呼ぶことにしようか、などと考えてみたりして、ひとりで顔をあからめたこともあった。
 できあがった住宅は、思いきり簡素だった。八
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